そして、いよいよ本番当日…-。
(緊張する……)
ステージ衣装に着替え、控え室で待っていると、扉が開かれた。
クラウン「そろそろ出番だよ」
声をかけられ振り返ってはっとした。
クラウン「どうかしたかい?」
そこにいたのは、確かにいつものクラウンさんだったけれど……
(どうしてだろう)
なんだかいつもと雰囲気が違うように思えて、私はじっと彼を見つめてしまっていた。
クラウン「〇〇?」
〇〇「あ、いえ……いつもと感じが違うなって」
クラウン「私も緊張しているからかな?」
そう言って、クラウンさんは目を細めた。
〇〇「クラウンさんが?」
クラウン「なんてったって、貴女との初ステージだから」
クラウンさんが、悪戯っぽくウインクを飛ばす。
やがて時間がやってきて、私達はステージへと向かった…-。
(どうしよう……心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしてる)
クラウン「〇〇、大丈夫だよ」
クラウンさんは、緊張で強張った私の頬に手をあてる。
クラウン「たとえ何が起こっても、私に任せてくれれば大丈夫さ」
その優しい温もりを感じて、固くなった体が緩んでいく。
(練習通り、頑張ろう)
小さく息を吐いて、ステージの中央にある椅子に座ると、幕が上がった。
薄目を開け、観客の方に視線を移すと、照明がまぶしくてお客さんの顔が見えない。
(何も見えない方が逆に安心かもしれない)
なんとなくほっとしていると、音楽が始まり、クラウンさんがステージに現れた。
会場はものすごい歓声に包まれて、熱気がこちらにまで伝わってくる。
(すごい歓声……まぶしくてよく見えないけど、お客さんいっぱいいるんだ)
クラウンさんは、切なげな音楽に合わせ、人形役の私に向けて手品や芸を披露する。
けれど……
(あれ……?)
練習の時と、クラウンさんの演技はどこか雰囲気が違っていた。
真剣さが増しているような、切なさが溢れ出しているような……
(クラウンさん……? けど、私は動かないようにしないと……)
すると…-。
クラウン「さて……どうしたものか」
(え……?)
突然、予定にない台詞が聞こえてきたことに驚き、私は思わず目を開けた。
目の前には、切なげな表情で微笑むクラウンさん……
クラウン「道化は、人形に恋をした」
クラウンさんに手を引かれ、そのまま立ち上がってしまう。
〇〇「クラウンさん? いったい…-」
小声で問いかけようとしたその時、クラウンさんが突然その場に跪いた。
(どういう……こと……?)
状況が飲み込めないままクラウンさんを見つめていると、会場に大きな声が響き渡った。
クラウン「〇〇。私は、貴女に結婚を申し込みたい……!」
〇〇「ク、クラウンさん!?」
クラウンさんの声と共に、ポンと白い花のブーケが現れる。
クラウン「どうか、これからも私の傍に」
たちまちに、会場中がどよめき始める。
けれど周りを気にしている余裕など今の私にはなく、披露するはずだった演目は中断される。
〇〇「け、結婚って……!?」
慌てふためく私の手の甲にキスを落とし、クラウンさんは再びまっすぐに私を見上げた。
クラウン「美しいウェディングドレスをまとった貴女を見た時から……私はこの筋書きを考えていた。 道化として一番ふさわしい場で、貴女に想いを伝えようと」
(だから……少し雰囲気が違ったのかな?)
クラウン「哀れな道化に……返事を聞かせてくれるかい?」
真剣な眼差しで私を見つめるクラウンさんに、胸が熱くなっていく。
予定にはなかった展開に、会場は大きな歓声に包まれていた。
〇〇「……」
想いを伝えたくても、胸がいっぱいで言葉が出てこない。
クラウン「……困らせてしまったかな」
何も言わず、ただ目を潤ませている私を見て、クラウンさんの表情が少しずつ不安げに変化していく。
〇〇「あ……」
差し出されているブーケを受け取り、私はそれをぎゅっと握りしめた。
〇〇「とっても……嬉しいです」
やっとの思いでその言葉を絞り出すと……
クラウン「〇〇……!」
クラウンさんが柔らかな笑顔を浮かべながら立ち上がり、私を抱きしめた。
クラウン「よかった。とても緊張していたんだよ」
すると、会場が祝福の拍手に包まれる。
〇〇「クラウンさんといると、いつも驚いてばかりです」
幸せな気持ちに包まれながら、私は彼にそう囁いた。
クラウン「すまない。性分なんだ」
困ったように、クラウンさんが眉尻を下げる。
〇〇「でも、すごく楽しいです」
すると、クラウンさんがこの上なく優しい笑みをこぼす。
クラウン「これからもずっと、〇〇の傍にいるよ」
クラウンさんの腕の中で、私は小さく頷く。
彼から伝わる優しい温もりに包まれながら、私は幸せを噛みしめるのだった…-。
おわり。