フラフを追って、もうどれくらい経っただろう。
狭い路地裏で、やっと足を止めたフラフに追いつき、ぎゅっと抱きしめた。
〇〇「フラフ。どうしたの?もう帰ろう?アヴィがきっと心配してるよ」
その時…―。
??「おやあ、可愛いお嬢さんがこんな夜中に、一人でどうしたんだい?」
その声に振り返ると、鎧を着た男性が三人、私を取り囲んでいた。
鎧の男1「ちょうどいいや、俺達の相手、してくれよ」
鎧の男2「騎士になりたくてアルストリアに来たけどよ、噂以上に稽古が厳しくてさ」
彼らは顔を赤らめていた。
(酔っ払い……?どうしよう)
鎧の男3「なあ、いいだろ?」
〇〇「やめて下さいっ!」
腕を掴まれ、力いっぱいそれを振り払うと……
バランスを崩した男性が、その場に倒れてしまった。
鎧の男2「てめぇ……」
男性が、剣を鞘から抜く。
〇〇「……!」
鎧の男2「女の分際で、生意気なんだよ!」
剣が頭上に振り上げられて……
フラフだけでも守ろうと、ぎゅっと抱きしめた時。
月夜に、赤い髪が煌めいた。
アヴィ「こいつに触れるな!」
私達の前にアヴィが躍り出て、刃を剣で弾き返した。
激しい金属音が闇夜に響く。
鎧の男1「……アヴィ王子!?」
アヴィ「お前ら……他国から来た騎士志望のやつらか。 酒に飲まれた上に、女に手を上げるとは……。 今すぐこの国を去れ! 二度とアルストリアの土を踏むんじゃねえ」
アヴィが剣を、男達に向かって突き付ける。
鎧の男2「くそっ……」
鎧の男3「よせ!かなうわけねえ!!」
男性達は、おぼつかない足取りでその場から去って行った。
〇〇「アヴィ……」
アヴィ「〇〇……怪我はないか」
〇〇「うん、ありがとう」
アヴィ「……」
すると突然、アヴィが私の肩を抱き寄せる。
〇〇「アヴィ……?」
きつく彼の腕に抱きすくめられ、胸がいっぱいになった。
アヴィ「……どうして勝手に出て行く」
〇〇「ごめんなさい。フラフが出て行くのが見えて、心配で」
アヴィ「また、俺のせいじゃないかって」
〇〇「アヴィ?アヴィは、悪くなんかないよ」
そっと、抱擁が解かれる。
月夜に浮かんだアヴィの顔は、優しく儚げで、そして美しくて、息が詰まりそうだった。
アヴィ「お前に、ちゃんと話したいことがあるんだ」
決意をしたように言われて、私達は二人で城へ戻った。
無事にアヴィと城へと戻った後…―。
アヴィ「昼間は……悪かった」
〇〇「謝るのは私のほうだよ。触れられたくなかったんだよね……ごめんなさい」
アヴィ「いや……」
〇〇「謝りたかったから。きちんと話ができて嬉しい」
アヴィ「俺もだ」
〇〇「さっきは助けてくれてありがとう。あのままだと、どうなっていたか……」
アヴィ「間に合って良かった」
それから、ほんの少し沈黙が続いた後。
アヴィ「……俺、小さい頃は体が弱くて」
アヴィは、静かに語り始めた。
アヴィ「高熱を出して苦しんでた時、母上が俺の好きだったあの花を摘みに行ったんだ。 母上は無鉄砲で優しい人だった。いてもたってもいられなかったんだろう。供もつけずに、夜中に……」
そこで、アヴィは言葉を詰まらせた。
アヴィ「城から少し離れた花畑で……獣に襲われて、死んだ。 俺に届けられたのは……母上が俺のために摘んでくれていた、枯れ果てた花だった」
(そんなことが……)
アヴィ「あの絵の犬はフラフの母親なんだ。 母上によく懐いてた。あの日も母上と一緒に花畑に行って……。 だから、フラフを見ると辛い。あいつの母親も、俺のせいでと思うと……」
〇〇「アヴィ……」
重ねられた手が小さく震えている。
私はそっと彼の手をにぎりしめた。
アヴィ「もう自分のせいで大切なものを失いたくなくて、強くなりたくて剣を振るい続けてきた。 でもやっぱり俺は、あの時の悲しさを……悔しさを、まだ忘れられないんだ」
私の中で、すべてが悲しく繋がって行く。
枯れないように、時間を止めたドライフラワー。
城の近くに咲いていたらというアヴィの想いが込められた、中庭の青紫の花。
触れようとしなかった、死んでしまった犬が遺したフラフ。
そして、見ることを頑なに拒んだあの肖像画……
アヴィ「……俺はもうあんな思いは二度としたくないのに」
今は逞しいアヴィの手が、私の頬に添えられる。
アヴィ「お前のこと、傷つけちまった。 ……なっさけねえ」
胸が苦しくて、どうしようもなく切なくて、涙で視界がにじむ。
けれど……
アヴィ「何で、泣きながら笑ってんだよ」
アヴィが親指で私の涙を拭いながら、眉をひそめた。
〇〇「ごめん。でも、少し嬉しくて」
アヴィ「嬉しいって、お前…―」
〇〇「アヴィの、心を見れて。 私もあの後、アヴィのことが気になってばかりだった」
アヴィ「〇〇……」
〇〇「アヴィの辛そうな顔が、頭から離れなかった。 どうしたら、アヴィは笑ってくれるんだろうって……」
アヴィは少し顔を赤くして、何か考えるように、じっと私の顔を見つめた。
アヴィ「……なら」
アヴィの瞳が、真っ直ぐに私を射抜いたと思ったら…―。
不意に、責め立てるように、アヴィが私を壁に押しつけた。
〇〇「ア、アヴィ!?」
アヴィは真っ直ぐに私を見つめたまま、目を逸らそうとしない。
アヴィ「なら……何があっても、お前は俺が守ってやるよ。 だから、お前は俺の傍にいろ。 ……俺に笑ってて欲しいんだろ?」
〇〇「あ、あの……」
アヴィ「顔、真っ赤」
距離が近くて、あたふたする私にアヴィが悪戯っぽく笑う。
〇〇「だ、だって、アヴィが!」
アヴィ「……俺は本気だよ」
胸の鼓動が、一層激しくなっていく。
アヴィ「質問に答えろよ」
有無を言わさぬ言葉に、私は……
〇〇「……私、アヴィの笑顔が見たい。 傍にいて支えになってあげたい。 だから、アヴィのことがもっと知りたい…」
素直な気持ちを、彼に伝えた。
アヴィ「〇〇……」
すると……
【スチル】
くい、とあごを持ち上げられ、そのまま唇が重なった。
突然の出来事に、大きく鼓動が跳ねて、息が止まる。
アヴィ「絶対に、離さないからな」
力強く抱き寄せられて、私も彼の背中に手を回して抱き締め合った。
お互いの存在を確認し合うように。
そしていつまでも絶対に、離したくないと伝え合うように。
窓の外は、燃えるような朝焼けが訪れていた…―。