それから数日……
私はミヤと、街を巡ったり、お互いのことを話したりと楽しい日々を過ごした。
けれど……
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ミヤ『今、イリアは城にいないんだ』
ミヤ『帰ってきたら、紹介するからね』
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ミヤの口から、イリアという名前が出ることはないままだった…-。
そしてある日…-。
朝になり、身支度を整えて窓の外に目を向ける。
鳥達がさえずり、太陽がさんさんと輝く美しい朝だった。
(まぶしい……)
太陽を見ると、なんとなくミヤのことを思い出してしまう。
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ミヤ『月はさ、無理して輝かなくても、こうして夜には主役になれるから』
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ふと、あのミヤが頭に過ぎる。
ミヤは、朝はいつも決まってどこかに出かけていて、行先を尋ねてもあいまいに答えて結局は教えてくれなかった。
○○「すみません、ミヤ王子は今どちらに?」
思いきって部屋のベッドのシーツを取り替えに来てくれた、メイドさんに尋ねてみる。
メイド「ミヤ様なら、朝はたいていお城の裏にある森へ行かれてるようです」
○○「裏の森……ありがとうございます!」
メイドさんに教えてもらって、私は森へと向かった。
森へ入ると、深い緑の木々の向こうに、ミヤの姿を見つけた。
(あ……)
木の幹に背を預けたミヤは、木漏れ日の下で何かの本を熱心に読んでいる。
(真剣な表情……)
話しかけられずに、私が立ち尽くしていると……
ミヤ「○○ちゃん」
不意に、ミヤが顔を上げた。
ミヤ「嬉しいな、オレに会いに来てくれたの?」
○○「……うん、メイドさんに聞いて」
笑顔を向けながら、ミヤは隠すように本を閉じる。
○○「それは……」
ミヤ「ああ……魔術書だよ」
ミヤ「ちょっと気まぐれに見てただけ」
ミヤの瞳がほんの一瞬、悲しそうな色を浮かべる。
(ミヤ……どうして?)
○○「ミヤは……何を考えているの?」
思わずそう口に出してしまうと……
ミヤ「……何のこと?」
誤魔化すようにミヤが笑う。
○○「ミヤはいつも明るくて元気で……。 でも、時々すごく辛そうに見える」
ミヤ「……」
○○「ミヤ……」
目を逸らさずにいる私に負けたように、小さく息を吐いた。
ミヤ「まいったな……。 キミには、かなわないや」
ミヤの口元から、笑顔が消えていく。
ミヤ「……オレは」
その時突然、背後に嫌な気配を感じた。
穏やかな陽気を歪め、黒い闇が渦を巻いて現れる。
その闇の中から、黒いローブをまとった一人の男性が姿を見せた。
ミヤ「……!」
私を背中にかばうように、ミヤが男の前に立ちふさがる。
ローブの男「こんなところで供もつけずに……不用心だな、ミヤ王子」
ミヤ「誰だ」
ローブの男「イリア王子に用があったんだが、生憎今は城にいないようでな」
(イリア……王子?)
(昨日、パーティ会場で何度も聞いた名前……王子ってことは)
(ミヤの、兄弟……?)
ミヤ「アンタもイリアにご執心なわけ? 妬けちゃうなあ~、オレ」
ミヤが、からかうように男に言葉を投げかける。
ローブの男「イリア王子はいつ帰って来る?」
ミヤ「アンタみたいな怪しい奴に、親切に教えるとでも思ってんの?」
ローブの男「まあいい。お前などに用はない」
ミヤの眉が、ぴくりと動く。
そして……
男はそのまま闇の中へ消え、辺りは元通りの平穏が戻って来た。
○○「い、今のは……」
ミヤ「驚かせちゃってごめんね。たぶん、対立してた国の魔術師だ。 最近になって、イリアが友好条約を結んだんだけど、中には反対派もいてね。 その一派かもしれない」
(イリア……)
ミヤ「イリアは、オレの双子の兄さんなんだ」
私の考えていることを見透かすように、ミヤが説明を始めた。
ミヤ「真面目で、優秀で……父上も母上も皆イリアに期待している。 オレもイリアはすごいって思う。 弟として鼻が高いし、大好きだよ。 けど……時々まぶしすぎて、うらやましく思う時もある」
○○「ミヤ……」
ミヤ「でもオレはイリアにはなれない。優秀じゃないから……誰にも期待されない。 こんな森に隠れて魔術の勉強したって、イリアには全くかなわないってわかってる。 だからせめて、明るく振る舞って、盛り上げて。皆に好きになってもらいたかった。 ミヤがいれば楽しいって言われるのが、必要とされてるようで嬉しかったんだ。 それすらもできなくなったら、オレに価値なんてないんだよ」
(そんなこと、思ってたの……?)
ミヤの瞳が、悲しそうに細められる。
それがどうしようもなく私の胸を締めつけて……
○○「そんなことないよ!」
思わず声を上げてしまっていた。
すると、ミヤの視線が私にまっすぐに注がれる。
ミヤ「ねえ、○○ちゃん。昨日のこと本当?」
○○「え?」
ミヤ「……元気がなくても、いいんじゃないって」
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○○『元気がなくても、いいんじゃないかな?』
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ミヤの瞳が、不安げに揺れている。
○○「もちろんだよ」
(どんなミヤでも、私は……)
揺れる瞳をまっすぐ見つめ返して、はっきりと言い切る。
○○「でも、できれば笑ってて欲しいかな」
ミヤ「……」
○○「あ、違うの! 無理にってわけじゃなくて……」
ミヤ「ハハッわかってるよ……ありがとうね」
すると、ミヤはいつものように笑ってくれた。
ミヤ「城へ急ごう。怪しい奴がいたって報告しないと」
ミヤに差し出された手を、ぎゅっと握りしめた…-。