第3話 薔薇園にて

そして、歌劇の練習が終わって…―。

私は約束通り、シュティマさんと共に街外れの薔薇園を訪れていた。

手入れの行き届いた園内には、さまざまな種類の薔薇が誇らしげに花を咲かせている。

シュティマ「見事に咲いてるな……ここへ来たのは久しぶりだ」

薔薇の芳香を楽しむように、シュティマさんが深呼吸した。

シュティマ「前に来た時は、フリューと一緒だったんだ。あの時と、咲いてる種類が結構変わってるなあ」

〇〇「そうなんですね。色とりどりで、とても綺麗です」

美しく咲く薔薇に囲まれながら、シュティマさんが思いを馳せるように目を細めた。

シュティマ「薔薇は、種類によって象徴されるものが違う。 歌劇では、ヒロインと仮面の男、ヒロインを仮面の男から守ろうとする幼馴染が登場するが……。 彼らの想いも全部、薔薇に込められているんだ」

〇〇「……素敵ですね」

話をしながら歩いていくと、花びらが特徴的な薔薇が目に入った。

(この薔薇は、どんな意味があるのかな)

優美な深紅に惹かれ、ゆっくりと花に歩み寄っていく。

ひときわ華やかな存在感を放つ一輪に、つい手を伸ばした時だった。

シュティマ「〇〇」

半歩ほど後ろにいたシュティマさんが、私の手を掴む。

〇〇「……っ」

シュティマ「この品種、確か見えにくいところにも棘をつけるやつだから、気をつけた方がいいぞ」

触れられたところから、彼のぬくもりが伝わってくる。

彼が掴んだ手を、反対側の手でそっと握った。

〇〇「すみません、不注意で……」

シュティマ「いや。こんなこと言ってるけど、俺も触ろうとして同じようにフリューに止められたんだよ」

なんでもないようにそう言うと、シュティマさんは掴んでいた私の手を離して……

少し向こうにある薔薇の方へと歩いて行ってしまった。

(きっと、弟さん達と同じ感覚で接してくれてるんだよね)

そう思うと、ちくりと胸が痛くなる。

気持ちを落ち着かせようと、深紅の花に視線を投じた。

その時……

シュティマ「仮面の男が、薔薇の花に込める想い、か……」

シュティマさんのつぶやきが耳に届き、私は彼の方を振り返る。

すると…-。

シュティマ「~♪」

胸に片手をそっとあてて……シュティマさんが、仮面の男の歌を歌い出す。

その声には妖しげな気品と艶めかしさがあり、練習での不調が嘘のようだった。

(これが、シュティマさんの本来の歌声……)

(情熱的なのに切なげで、胸が締めつけられる)

シュティマ「……」

薔薇園に、彼の歌声が響き渡る。

甘いビブラートと共に、彼の歌声は花の香りに溶けるように儚く消えていった。

(すごい……)

私は、気づけば拍手を送っていた。

〇〇「シュティマさん、感動しました……!」

胸に込み上げてきた言葉をそのまま伝えると……

シュティマ「……ありがとう」

歌の余韻が残しているのか、シュティマさんはどこか艶めいた笑みを浮かべた。

ゆっくりと、シュティマさんの目が閉じられる。

(シュティマさん?)

不意に訪れた沈黙が辺りを覆い、なぜだか鼓動が速くなった。

やがて……

シュティマ「『当然でしょう?』」

静かに開かれた瞳とその声色に、妖艶さが宿っている。

シュティマ「『私には、歌がすべて。貴方の心を私の歌で満たすために……ここへやって来たのですから』」

(シュティマさん……?)

いつもとは全く違う雰囲気の彼に、私は思わず息を呑んだ。

役に入り込んだままの彼が一歩近づき、そっと私の髪に触れた。

〇〇「!」

シュティマ「……」

情熱的な眼差しで見つめられて、言葉が出なくなる。

(どうして……こんなにドキドキするんだろう)

彼と視線を交わしたまま、胸に手をあてた瞬間……

シュティマ「それにしても……」

ふっと……シュティマさんのまとう雰囲気が柔らかなものに変わる。

シュティマ「お前といると、ちゃんと歌えるようになるんだ。なんでだろうな?」

シュティマさんは私の髪から手を離して、思案顔で腕組みをした。

先ほどの妖艶さは、霧のように消えてしまっている。

(びっくりした……)

今もまだ、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに……

そのことを気にもかけない様子の彼に、胸が甘い痛みを覚えるのだった…-。

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