歌声が止んで、練習はしばらく小休止に入る。
私は緊張した面持ちのシュティマさんと共に、華やかな舞台を見つめていた。
舞台の上には、セットとは思えないほどに美しい薔薇が置かれている。
(薔薇は、仮面の男が愛した花でもあり……)
(舞踏会で、運命だと感じた相手に捧げる花でもある)
シュティマさんにそっと視線を向けると…-。
シュティマ「……」
端正な横顔は、やっぱり強張ったままで……
(確か、街外れに薔薇園があったはず)
私は思い切って彼に向き直った。
〇〇「シュティマさん、あの……練習の後、お時間はありますか?」
声をかけると、舞台に留まっていた彼の視線が私へ移る。
シュティマ「ああ。晩餐会には出ないといけないけど……それまでなら」
〇〇「でしたら、薔薇園に行きませんか? 薔薇を見に……」
シュティマ「薔薇を……?」
憂いを帯びた青い瞳に、驚きの色が淡く浮かぶ。
〇〇「はい。歌劇に使われている花でもありますし」
シュティマ「確かに、薔薇は歌劇に使われているけど……」
〇〇「気分転換も兼ねて……肩の力を抜きに行きませんか?」
シュティマ「薔薇の花は、仮面の男の情熱を表すもの……」
確かめるようにそのことを口にして、シュティマさんは強張らせていた頬を緩めた。
シュティマ「……なるほど、悪くないかもしれないな。 ありがとう、〇〇。改めて、その……俺と一緒に行ってくれるか?」
〇〇「もちろんです!」
彼に少し明るさが戻ったことが嬉しくて、私は…-。
〇〇「よかった……」
シュティマ「お前に心配をかけてしまっていたな。すまなかった。 その……楽しみにしてるよ」
はにかむように微笑んで、シュティマさんが席を立つ。
シュティマ「そろそろ戻らないとな。練習が終わったら、劇場の入口のところで待っている」
シュティマさんが私の頭に手を置き、優しい手つきで撫でてくれた。
〇〇「……はい」
気恥ずかしさが込み上げてきて、ついうつむいてしまう。
シュティマ「〇〇」
ふわりと降りてきた美しい声に、誘われるように顔を上げる。
すると……
シュティマ「励ましてくれて、ありがとう。 なんでだろうな……お前にだけは、つい甘えてしまう」
〇〇「え……」
気恥ずかしそうに微笑むシュティマさんに返事をしようとした時……
舞台の方から休憩の終わりを告げる声がかかり、彼は立ち去っていった。
(胸がくすぐったい)
私は、髪に残る温もりを意識しながら、練習を再開する彼を見守った…-。