第3話 エリクシール

ルルスのラボは少しほこりっぽく、薬品のような不思議な匂いが充満していた。

(奥の方にある黒い窯はなんだろう?随分、雑然としてるけど)

積み重ねられた数多くの本とさまざまな研究資材に圧倒される。

そんなラボの中央で、小気味良くチョークの音を響かせながら、ルルスがすごい速さで黒板に何かを書き込んでいく。

(……計算式?)

ルルス「……」

私に背を向け、黙々とルルスはチョークを走らせ続ける。

(すごい集中力……邪魔になるといけないし、声をかけるのはやめておこう)

その時、ノックの音が聞こえてラボの扉が開いた。

??「ああ……ルルス! 無事でよかった!」

ルルス「……母上? それに父上も」

国王「戻ったなら戻ったと報告に来ぬか!」

王妃「そうですよ、お前はこのアルケミアに希望をもたらす者なのですから」

二人は彼の姿を見るなりほっと息を吐いて息子を囲む。

その様子を見ながら、私も温かな気持ちになった。

(さっきの広間では、誰もルルスのことを気にかけていないように見えたけど)

(よかった……ちゃんとルルスを心配してくれる人がいて)

ルルス「……すみません。今すぐ書き留めておきたいことがあったので」

王妃「ええ、貴方がエリクシールの精製に夢中なのはわかります。 エリクシールの完成こそ、この国……私達の悲願なのですからどんどん研究なさい」

ルルス「……はい」

ルルスは一度止まった手を再び動かし黒板に式のようなものを走らせる。

(エリクシール?)

聞き慣れない単語に首を傾げた時だった。

国王「時にそちらにおられるのはトロイメアの姫と伺ったが間違いないか?」

〇〇「!」

ルルスを見つめていた優しい瞳が私に向いた時、急に何か寒気を感じて…ー。

(何……?)

違和感を覚え、すぐには答えることができずに視線をルルスに移す。

ルルス「父上の言う通りです。世話になったためこうして城に招待しました」

〇〇「はい、お邪魔しています」

国王「やはりそうか! トロイメア王家の持つ夢の力は秘匿されているが、それは凄まじいものと聞いている。 きっとエリクシールの研究のヒントにもなるだろうからよく話を聞かせてもらうといい。 姫、構わないだろうか?」

〇〇「あ、私は……」

突然国王様に手を取られて、私は顔を上げた。

ルルス「……父上」

少し苦々しい顔をしながら、ルルスが国王様と私の間に割って入る。

ルルス「……研究を続けて構いませんか」

ルルスの背に守られているようで、安堵の息が漏れた。

国王「……ふむ、そうだったな。ルルス、丁重にもてなすのだぞ?」

ルルス「はい」

ルルスが頷くのを見て、納得したのか国王様たちは部屋を去って行った。

扉を閉めた途端、ルルスが深くため息を吐く。

ルルス「悪かった」

私はルルスの言葉に……

〇〇「少しだけびっくりしました」

ルルス「あの二人はエリクシールのことになると少し、な……」

〇〇「そういえば、そのエリクシールっていうのは何なんですか?」

ルルス「ああ、エリクシールっていうのは……」

彼はその場にあった机の端に腰かけて、私の疑問に答えてくれた。

『エリクシール』というのはどんな願いも叶えられるという、錬金術師なら誰もが精製を夢見る究極の物質らしい。

ルルス「しかしまだ実際に精製に成功した者はいない。 一応この国で今一番、精製に近づいてるのはオレということになる」

〇〇「そうだったんですか。だからルルスのお父様はあんなに期待して……」

ルルス「ああ、きっと父上はトロイメアの夢の力が精製の助けになると考えたんだろう。 確かにお前の指輪の力は興味深い……興味深いけれど……」

彼は私が首に下げている指輪を見て、一歩近づく。

そのまま指先で私の指輪を摘まみ上げて目を細めた。

(何を考えてるんだろう?)

まばたきすら忘れて指輪を凝視する間の瞳に心がざわめき、呼吸すら忘れそうになる。

しばらく、沈黙が訪れた後…ー。

ルルス「とりあえずさっき閃いたやつをさっさとまとめて試さないとな」

ルルスは指輪から手を離すと黒板に再び向き合った。

ルルス「お前もしばらくはゆっくりこの城に滞在するといいよ。 オレは研究にかかりっきりだから何もできないかもしれないけど」

〇〇「……はい」

黒板から目を離すこともなく言う彼に頷く。

(いったい……)

国王様のあの視線と、ルルスの言葉。

二人を動かす、エリクシールという存在……

(どうしてだろう、胸がざわついて……)

けれど今はまだその理由がわからず、ただルルスさんの背中を見つめることしかできなかった…ー。

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