第5話 怒りと悲しみ

人払いをしてもらった図書館は、しんとした静寂に包まれていた。

物の怪が記した本をテーブルに置き、イナミくんは目線だけで私に下がるように伝える。

イナミ「オレが開くよ」

左手で私をかばうようにしながら、イナミくんはそっと本を開く。

すると…-。

『気づいてください……お願いだから、私を見て……』

(あの時と同じ男の人の声……!)

その声はイナミくんにも聞こえたのか、瞳が剣呑に輝いた。

イナミ「〇〇ちゃんの痣は……キミのせいなの?」

『見て……こっちを、見てください……!』

声は大きさを増していき、ひときわ高くその声が響いた次の瞬間…-。

本はイナミくんの元を離れ、こちらに向かってふわりと飛んでくる。

〇〇「っ……!」

イナミ「〇〇ちゃん!」

目の前の出来事に体がすくんで動けない私を、イナミくんの温かな腕が抱き込むように引き寄せた。

突然の出来事に声も出せずにいる私を、イナミくんが覗き込む。

イナミ「大丈夫? 怖かったら、目を閉じてていいからね。 約束したでしょ? キミのことは何があっても絶対に守るって」

私の肩を抱く彼の腕に、ぐっと力がこもる。

イナミ「オレの傍から離れないで」

〇〇「イナミくん……」

間近で見上げた彼の顔が、優しい微笑みから凛々しい表情へと変わる。

そして強い意志を宿す眼差しを、宙に浮く本へと向けた。

イナミ「……愛する人への想いを、本の中だけにとどめておくことはできなかったんだね。 キミは行き場のない想いを暴走させて……関係ないこの子に、痣をつけたの?」

イナミくんの声に反応してか、古書を取り囲む周囲の空気はひやりとした冷たさをまとう。

(この冷気は……本の怒り? それとも悲しみ?)

イナミ「彼女に触れられなくて、キミは怒ってるの? でも、駄目だよ。彼女は、オレの……大切な人」

肩をぐっと引き寄せられ、彼の顔が間近に迫った。

〇〇「!」

イナミ「だから、キミの好きにはさせられない」

(今、大切な人って……)

混乱して言葉を失った私に、イナミくんはいつもの優しい笑顔を向けてくれる。

愛おしく思う気持ちをもう抑えることができなくて、私は思わず彼の腕をぎゅっと掴んだ。

イナミ「……わかったら、〇〇ちゃんを解放してあげて」

イナミくんの言葉へ反応かするように、本は大きな音を立ててページを開く。

ページが擦れる音は、苦痛に歪む叫びにも、宣戦布告の合図にも聞こえたのだった…-。

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