第3話 切ない優しさ

私の首筋を見つめたまま、イナミくんは瞳を鋭く細めた。

その表情は、いつもの柔らかなものとはあまりにも違っていて……

〇〇「イナミくん……?」

イナミ「あ……ごめんね。〇〇ちゃんの首の後ろに、小さい痣ができてたんだ」

すぐに和らいだ彼の表情に、私の不安は少しほぐれたけれど…-。

(痣って……?)

その言葉の違和感に、恐る恐る首筋に手を伸ばすと……

私の指よりも早く、イナミくんの指先が首筋を撫でた。

〇〇「……っ!」

私のものとは違う指の感触に、思わず体が跳ねてしまう。

イナミ「ごめん! 痛かった?」

〇〇「う、ううん……。 ちょっと、驚いただけ」

とっさに首筋を隠そうと手を伸ばすと、イナミくんの指先に触れる。

イナミ「〇〇ちゃん、ごめん。近くで見せてくれる?」

〇〇「……っ!」

一気に縮まった距離に、本に触れた時とはまた違った熱が身体を駆け巡る。

確かめるように痣を見ていたイナミくんは、私に向き直った。

イナミ「紅い痣なんだけど……なんだか、紋様にも見える」

〇〇「……紋様?」

イナミくんは私の顔を覗き込み、安心させるように優しく笑った。

イナミ「本から声が聞こえてきたことと、関係があるかどうかわからないけど……。 痣ができた原因は、オレがちゃんと突き止めるから。 持ち主に許可をもらってくるよ。この本は、オレが持っててもいい?」

彼は私の肩の上に手を置き、そっとさすった。

〇〇「私は大丈夫だから、そんなに心配しないでね」

イナミくんにそう伝えると、彼は困ったような笑みを浮かべる。

イナミ「心配ぐらいさせて。キミの肌に痣を残したくないから。 もし、また声が聞こえたり痣が痛くなったりしたら、オレに言って」

優しく諭すようなイナミくんの声に、心地よさを感じる。

〇〇「うん。でも…-」

(イナミくんに迷惑が…-)

イナミ「キミ、抱え込んじゃいそうだから。一人で悩まないで? オレがついてるよ」

顔を上げると、柔らかく微笑むイナミくんと目が合う。

(イナミくんが国の皆を大切にしているように、私のことも心配してくれるのは嬉しい。でも……)

自分が特別なわけじゃないと思った瞬間、悲しい気持ちに襲われる。

(私の中にあるイナミくんへの気持ちは…-)

〇〇「……」

翡翠色の瞳を見つめていると、想いが溢れて口にしてしまいそうになって……

私は思わず彼から目を逸らした。

イナミ「〇〇ちゃん?」

〇〇「あっ、ごめんね……何かあったら、イナミくんにちゃんと言うよ」

イナミ「うん。そうしてくれると嬉しい」

イナミくんの手が、再び私の頭を撫でる。

その優しい感触は、彼の手が離れてからも、いつまでも残っているように感じた…-。

……

その日の夜…-。

部屋に戻った私は、三面鏡でうなじの辺りを映し出してみる。

〇〇「本当だ、何かの印みたいな形……」

浮かび上がった痣に触れてみても、痛みはなくて……

(本から聞こえた声と……何か関係があるのかな)

―――――

『私に気づいて……私を見てください……』

―――――

あの声が耳について離れず、胸の中をざわめかせる。

(どうして、あんなに切なそうな声で…-)

展覧会場内の片隅で聞こえた声が忘れられないまま、私は眠りに就いたのだった…-。

<<第2話||第4話>>