ーーーーー
ジェット「俺、本当は自分の演技が好きになれねーんだ。確かにこのまま燻ぶってちゃカッコわりーよな……俺もいつかは覚悟、決めねーと。そう、わかっちゃいるんだけどな……」
ーーーーー
ジェットさんが胸に抱えていたものを知ったあの日から、数日後…―。
宿として借りている城の一室を出ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
(何かあったのかな?)
気になって、声の聞こえた方に行ってみると……
映画関係者1「お願いします、このスタントはジェットさんにしかもうお願いできないんです!」
映画関係者2「それよりも我が社の映画に!監督がジェットさん以外、主役は考えられないと言ってるんです!!」
ジェットの姉1「けどこの日程じゃねえ、アンタはどう?」
ジェット「……」
制作会社の人達が、ジェットさんに出演の話を持ち掛けているらしい。
必死の出演交渉は、しばらく続くようだ。
ほどなくして、制作会社の人達は映画の資料を置いて帰っていった。
○○「あの……今のは?」
ジェット「お前、聞いてたのか」
○○「すみません。廊下の向こうまで聞こえてきて」
話をしていると、お姉さんは資料をジェットさんへと差し出した。
ジェットの姉1「これ、ちゃんと目を通しておきなさい、決めるのはアンタなんだから」
ジェット「……わかってるよ」
お姉さんは資料をジェットさんに手渡すと、城の奥に去って行った。
○○「……」
ジェットさんと二人残されたその場は、やけに静かに感じた。
ジェット「○○、ちょっといいか?」
不意に、ジェットさんの声が私の名前を呼んだ。
○○「えっ……」
(今、初めて名前を……)
慌てて頷くと、ジェットさんは私を連れて城の外へと歩き出した。
……
城の裏手には、広い花畑が広がっていた。
ごみごみとした街中にはない穏やかな風景に、胸いっぱいに空気を吸い込む。
ジェット「それで、さっきの話なんだけどよ、ちょっとお前の意見、聞かせてくれないか?」
○○「えっ?意見というと?」
ジェット「ああ、わりぃ。説明がまだだったよな。どうも俺、せっかちでよ」
ジェットさんが、決まりが悪そうに頭を掻く。
ジェット「さっき来た制作会社の奴ら」
○○「お二人、いらっしゃっていましたね」
ジェット「ああ……どっちも、俺にぜひって出演の依頼にきたんだけど、撮影時期がモロ被りしてんだ」
どちらも、必死でジェットさんに交渉していたことを思い出す。
ジェット「どっちにすべきなのか……悩んじまって。ほら、俺、根が単純だから。その点、お前に聞いてもらえば安心かなって」
と、拳を突き出して、私の肩に軽く押し当てる。
(頼られてる……?)
そう思うと、少し嬉しくなる。
ジェットさんから聞いた出演依頼の詳しい話はこうだった。
一つはダブルとしてではなく主役として、スタントもできる俳優としての映画への出演。
もう一つは、スタント役が大怪我により降りてしまったという、危険の伴う映画のダブル……
ジェット「姉貴達はああは言ってるけど、ホントは役者としてデビューして欲しいんだと思う。けど資料を見ると、ダブルの方も俺以外この国にこなせるような奴はいねー……」
○○「難しいですね」
先日ジェットさんから彼の抱える本当の悩みを聞いた。
それを知るからこそ簡単には決められない。
○○「でも私は……」
ジェット「なんだ?」
食い入るようにジェットさんが私を見つめ、両肩を掴む。
私よりも大きな手にこうして掴まれて、真っ直ぐに見つめられると……。
(どうしよう……)
ジェット「頼む、聞かせてくれ!」
彼の瞳は真剣で、私の心を震わせた。
○○「私は……すみません、やっぱり軽々しく意見はできないです。ジェットさんが自分で……」
ジェット「……そうか。だよな、最後に心を決めるのは、俺しかいねーもんな」
ふっと、私の肩を掴むジェットさんの手の力が緩む。
ジェット「けど、お前に聞いてもらえてよかったよ。よし……!筋トレでもして、頭スッキリさせてからよーく考えてみるか!」
彼が自分の両頬をパンと叩いて、天を仰ぎ見た。
太陽の光に照らされたその表情に、彼の心が垣間見える。
その凛々しい横顔に、迷いはもう感じられなかった…―。