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ジェット「なんで……皆にわかってもらえねーんだろうな……」
寂しげにつぶやかれた言葉はが、胸を締め付ける…―。
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撮影をすべて終えると、私たちは街に出た。
映画の国というだけあって、ボディブルの街は、まるで街全体が映画のセットのようだった。
(わあ……)
さまざまな種類の建物が立ち並び、ところどころに撮影をするためなのか、スペースが作られている。
ジェット「そういやお前、この後、暇か?」
○○「はい」
ジェット「やりぃ……!じゃあちょっと付き合え。俺、食べ歩きとか雑貨屋とか回るの好きなんだよ、ほら」
○○「え?」
ジェットさんがおもむろに、ポケットに手を入れて肘を突き出す。
ジェット「手だよ、手!」
○○「あ、はい……!」
少し硬くなりながら、そっと彼の腕に手を回す。
すると、ジェットさんは歯を見せて満足そうに笑った。
その屈託のない表情に、一瞬ドキっと心臓が高鳴る。
ジェット「じゃあまずは飯に行こうぜ!俺の好きなラーメン屋に連れてってやるよ」
○○「ラ……ラーメン屋!?」
王子様とラーメンという組み合わせに、私は瞳を瞬かせた。
ジェット「何だよ」
○○「あ、いえ……ジェットさんって、王子様らしくないなあって……あ」
つい思ったことが漏れてしまい、私は慌てて口を押さえた。
ジェット「ははっ……違いねえ」
可笑しそうに笑いながら、優しく私を見下ろした。
ジェット「早く行くぞ、ホントに美味いんだよ、あそこのラーメン」
○○「……はい!」
ジェット「けど、お前も変だよな。お姫さんがラーメンに引かねえなんて」
そこで初めて気づいたかのように、ジェットさんが不思議そうに私に尋ねた。
○○「私も、姫らしくはないので……」
ジェット「そりゃいいや。堅っ苦しいことはナシにして、楽しもうぜ」
○○「はい!」
こうして私達は、ボディブルの街を回り始めた。
ジェットさんがまず連れて来てくれたのは、街でも人気の豚骨ラーメン屋さんで……次は、裏通りにあるストリートファッションを扱うショップに、帽子の専門店。
その後も様々な店を回って……そろそろ城へ帰ろうとなった頃には、すっかり陽が落ちていた。
……
暗くなった街を歩いていると、前から少しくたびれた様子の青年が歩いてくる。
??「その顔……お前、ジェットか?」
ジェット「あ?って、お前こそ久しぶりじゃねーか!」
二人は顔を合わせるなり、互いの肩を抱き始める。
(知り合いかな?)
ジェット「最近顔見ねーと思ってたけど、あれからどうなったんだよ、俳優の方は?」
嬉々として尋ねるジェットさんに、青年は……
ジェットの旧友「それなんだけどな……」
青年は言葉を濁すと、深いため息をついた。
それはまるで、身体の奥にある大切なものを吐き出してしまうようなため息で……
ジェットの旧友「悪いな、実は郷里に帰ることにしてな……」
ジェット「は!?帰るって……スターになる夢はどうすんだよ!?」
ジェットさんは、一瞬虚をつかれたような顔になった後、青年に詰め寄った。
ジェットの旧友「……すまん。もう疲れちまったんだ。何もかも……オレはこの街に夢も希望も全部、持ってかれちまった。いろいろあるだろうけど、お前はオレの分まで頑張ってくれよ……ボディブルの王族としてさ」
ジェット「……」
言葉を失い、伸ばした手が行き場を失くす。
そのまま青年は、路地裏へと静かに消えてしまった。
ジェット「……なんなんだよ、皆して、俺にどうしろってんだ……」
男の人が消えた方を見て、悔しげにジェットさんが声を絞り出す。
○○「ジェットさん……」
ジェット「……」
しばらくして、ジェットさんは小さく口を開いた。
ジェット「俺も……まあ、落ちこぼれなのかな?家的には。周りには俳優になることを望まれてんのに……」
○○「そんな……!そんなこと言わないでください。ジェットさんはスタントの仕事に誇りを…―」
ジェット「ああ、誇りは確かにある、けど……俺、本当は自分の演技が好きになれねーんだ。前に、代役でセリフある役を急にやることになったんだけど、それがまたクソ甘ったるいセリフでよ。あんなの素面で言えるかよ……しかも俺の声でとか、気持ちわりー」
馬鹿にするように鼻を鳴らし、頭を掻く。
○○「……」
ジェット「なんだよ?」
○○「きっと、気持ち悪くなんてなかったと思います」
ジェット「は?聞いてもいないのに何言って……」
○○「撮影に真剣に取り組むジェットさん、素敵でした」
彼が、休憩時間に話してくれた言葉を覚えている。
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ジェット「けど、俺はスタントの仕事にプライドを持ってる。たとえ表には出ない仕事だとしても、名スタントなしに名作品は生まれねーんだ。スタントだけじゃねぇ、監督や、音響や、道具だって……何だって、プライドを持って皆がやるからこそ、名作品が生まれるんだ。」
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○○「スタントだって、演技だって。真剣な気持ちを笑ったりなんて……」
溢れそうな気持ちを、胸で握りしめる。
ジェット「……確かにこのまま燻ぶってちゃカッコわりーよな……俺もいつかは覚悟、決めねーと。そう、わかっちゃいるんだけどな……」
低くつぶやかれた声は、夜の街の喧騒に消えていった…―。