それからしばらく、イリアさんと木陰で読書をして過ごしていると……
(雨……?)
不意に、読んでいる本にぽつりと雫が落ちた。
空を見上げると、流れる雲が太陽を覆い、雨粒を落とし始めている。
イリア「部屋に戻りましょう」
〇〇「はい……!」
次第に強くなる雨音に追いかけられるように、私達は城の中へと戻った。
部屋に戻ると、イリアさんが静かに窓を開ける。
イリア「雨音が心地よいですね……」
とたんに雨の香りが部屋中を満たし、部屋の空気が少しだけひんやりとした。
イリア「寒くはないですか?」
〇〇「はい、大丈夫です。 イリアさんは雨音が好きなのですか?」
イリア「はい。この音を聴くと、心が落ち着く気がするんです」
彼は聞き入るように瞳を閉じて、そっと私に問いかける。
イリア「〇〇様は、いかがですか?」
〇〇「私も雨が好きです。落ちてくる雨粒を、ずっと眺めてしまうこともあって」
イリア「わかる気がします」
〇〇「そういえば、この世界に来る前にいたところは、梅雨というものがありました」
イリア「ツユ?」
〇〇「はい。雨が多くなる時期のことです」
イリア「それは素敵ですね! 私も経験してみたいものです」
目を輝かせて身を乗り出すイリアさんに、思わず胸が高鳴る。
それが顔に出たのか、イリアさんがハッと身を引いた。
イリア「し、失礼しました!」
〇〇「い、いえ……。 あ、えっと……雪も……降ります」
イリア「ユキ……ああ、空から降る柔らかな氷の結晶ですね。 ユキも、お好きですか?」
〇〇「はい!」
イリア「……そうだ」
イリアさんは、何かを口の中でつぶやくと、手を天井に向けてひらりと舞わせた。
すると……
〇〇「雪……?」
白い雪が、空中からひらひらと私の手に舞い降りる。
〇〇「綺麗! すごい、魔法ですか!?」
イリア「はい。書物で読んだ知識でしかありませんが」
〇〇「書物で?」
イリア「この国には雪が降らないんです。いつか、本物を見てみたいですね」
そうつぶやいて、イリアさんは魔法の雪を愛おしそうに眺める。
〇〇「雪が降り積もった後の真っ白な景色はとても綺麗なんですよ。 その雪を丸めて雪だるまを作ったり投げて遊んだり」
イリア「ユキ……ダルマ……?」
初めて耳にする言葉を、イリアさんが不思議そうに口にする。
〇〇「あ! すみません。大きくまるめた雪を、こんな風に頭と、胴体みたいに……」
イリアさんが私の話をとても楽しそうに聞いてくれるのが嬉しくて、つい饒舌に話してしまっていると……
ふと、彼が私を見つめていることに気づいた。
〇〇「ど、どうしましたか?」
イリア「いえ……私も是非、ユキを見てみたいと思って」
〇〇「すみません、私ばかり話して」
イリア「いえ、〇〇様のお話は、私の知らないことばかりで心が弾みます。 私も何かお返しができたらいいのですが……」
〇〇「そ、そんな」
イリア「そうだ。何かしたいことはありませんか? と言ってもこの国で、できることになりますが」
〇〇「したいこと……」
(国の人の半分が、魔術を使える国……)
私の頭に、何かの絵本で読んだ魔法使いの国が思い描かれる。
〇〇「私、街を見てみたいです!」
イリア「わかりました。では明日、ご案内いたしましょう」
イリアさんが、爽やかな微笑みを浮かべる。
(明日は、晴れるといいな)
そんな想いを込めて、私は雨が降り続く窓の外を見つめた…―。