しばらくして…―。
神殿は、世界中から招待された王族達であふれかえった。
儀式は、アフロスの神官により、しめやかに執り行われてゆく。
やがて婚宴の儀は滞りなく終了し…―。
各国の代表が顔を合わせる社交界へと場は移った。
(ようやく終わった……)
長らく厳粛な雰囲気に包まれていたせいか、ほっと息をつく。
アヴィ「大丈夫か? お前、婚宴の儀に招待されたのは初めてだったんだろ?」
○○「うん、すごく緊張した……」
アヴィ「そうか、アフロスは歴史も古くて特に厳格だからな。 ……ここからは少し肩の力を抜いてろ」
○○「ありがとう」
ごく自然に、アヴィの手が私の背を叩いた。
一瞬のことなのに、大きな手の温度をむずかゆく感じる。
同時に、少しだけ呼吸がしやすくなる。
(気を使ってくれたのかな?)
いつもはもっと飾らない、粗野な態度が目立つ。
けれど大勢の人々が集う煌びやかな立食パーティーの中で、正装に身を包んだ彼の姿は、王子然としていた。
他国の王太子「これはこれはアヴィ王子、お変わりなく」
他国の女王「昨年の剣術大会ではお見事でしたわ」
アヴィ「ありがとうございます」
こうして横に立っているだけでも、先ほどからアヴィの元には様々な人が挨拶にくる。
(アヴィ、すごいな……)
しっかりとアルストリアの代表として責務を果たす姿に、少しときめいて、だけど……
○○「……」
少しだけ寂しさも感じる。
話が盛り上がる中、そっと席を離れて壁の花を演じる。
するとしばらくして……
話を切り上げたアヴィが私の元へとやってきた。
アヴィ「どうしたんだよ、疲れたのか?」
彼の不器用な問いかけに……
○○「少しだけ……」
アヴィ「……別室にでも下がってるか?」
○○「ううん、もう平気、アヴィの顔見たら元気戻ってきたから」
アヴィ「ならよかった、お前の出番は明日だろ?」
○○「うん」
婚宴の儀を執り行った神殿で、明日、私はトロイメアの姫として洗礼を受けることになっている。
○○「上手くできるといいけれど」
アヴィ「お前なら大丈夫だ。けど……」
アヴィは軽く息を吐き出して、苦笑する。
アヴィ「そろそろ堅っ苦しい雰囲気には、俺も限界がきてたところだ。 やっぱ、俺にはパーティーより、外で剣術の稽古をしてる方が向いてるよ」
○○「そうかもしれないね」
お互いの顔を見て困ったように笑う。
世界中の王族が参列する会場で、アヴィは私と同じ気持ちを共有してくれている。
そう思うと、胸に溜まっていたもやが晴れていった。
だけどその時、不意にアヴィの表情が厳しくなった。
アヴィ「……」
(どうしたんだろう?)
同時に何か嫌な視線を感じ、後ろを振り向くと、こちらを見ている長身の青年と目が合った。
アヴィとちょうど同じ年頃の青年は、こけた頬に妙な笑みを浮かべている。
○○「……?」
けれどアヴィがきつく睨むと、青年はそそくさとその場を去ってしまった。
アヴィ「あいつは確か……」
そうつぶやいたアヴィの口元は、苦々しく閉じられていた…―。