やがて、招待状に描かれていた時間になって……
私は地図を頼りに、路地裏にやって来た。
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グウィード『ドアを3回ノックしたら合言葉を。ヒントは一緒に送った花の言葉だよ』
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手紙に書かれていた通りに、恐る恐る3回ノックする。
〇〇「えっと、ミモザの花言葉ってなんだろう……」
グウィード「君のことを表した言葉だよ」
閉ざされた扉の向こうから、声が聞こえた。
〇〇「私のこと……?」
グウィード「気高く、優美……さあ、合言葉を」
〇〇「えっと……」
グウィード「答えは『エレガント』 今夜はおまけだよ♠」
悪戯っぽく微笑んだグウィードさんが扉から現れて、私を中に招き入れた。
そこには……
(外から見るのとでは……まるで別世界みたい……)
(わ……)
キャンドルの明かりに照らされて、アンティーク調の室内が浮かびあがる。
その幻想的な空間に、つい見惚れてしまう。
グウィード「すまなかったね、恩人の君に素顔で挨拶もせずに」
グウィードさんが柔らかな声で言う。
彼が仮面を外そうとして、胸が音を立てた。
(グウィードさんの素顔……)
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グウィード『さてどうしようか。キミのお願いとあらば叶えてあげたいけど……今は出来ない♠ なぜなら、僕の素顔を見た人は恐ろしい呪いに!』
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その言葉を思い出して、思わず顔を逸らしてしまう。
グウィード「ん? ああ、呪いは冗談だからそんなに怯えないで◆」
〇〇「は、はい」
グウィード「子猫ちゃんは本当に素直だ。 怖がらせてごめんね。ちょっと素性を隠す必要があってね……」
仮面から手を外し、グウィードさんが表情を曇らせる。
(素性を隠すって……?)
〇〇「大丈夫ですか?」
グウィード「心配してくれるのかい? ありがとう、子猫ちゃん♡」
グウィードさんの長い指が私の頬を包み込む。
グウィード「大丈夫だよ。面倒事に関わりたくないだけだから。 ところで子猫ちゃん。招待状になんて書いてあったか覚えてる?」
〇〇「あ……秘密の舞踏会って……」
グウィード「そう。ようこそ、二人だけの秘密の舞踏会へ◆」
恭しくお辞儀をすると、彼は私に手を差し伸べた。
グウィード「僕のダンスにお付き合い願えますか?」
〇〇「踊れません……」
グウィード「大丈夫、君をリードするのも僕の役目だよ♪ ここには僕と子猫ちゃんしかいないんだ。誰も笑う者はいない♧」
レコードに針を落とすと、彼は私の腰を引き寄せた。
バイオリンの艶やかな音色が、室内に響く。
グウィード「さあ踊ろう。マドモアゼル」
〇〇「はい」
差し出されたグウィードさんの手を取り、彼に身を委ねる。
(これも夢の中みたい……)
私の背中に添えられた、彼の大きな手の熱が伝わってくる。
胸がトクントクンと、小さな音を立てていた。
…
……
明け方が近づき、私はグウィードさんに抱かれて宿まで戻ってきた。
ベランダにそっと私を降ろすと、彼は私の頬に指を滑らす。
グウィード「おやすみ……良い夢を、僕の可愛い子猫ちゃん。 また明日の夜に会おう」
仮面の奥の瞳が、優しく細められる。
〇〇「はい、グウィードさん……」
グウィード「……」
彼の顔が私の顔に近づけられて……
(え……?)
魔法にかけられたように、そっと瞳を閉じた。
けれど、不意に彼の吐息の温かさが遠ざかる。
(グウィードさん……?)
そっと目を開けると、彼の姿はもうそこにはなく、きらめく星々が、ただ静かに頭上で輝いていた…-。