来た道を戻り、街を離れると、新雪に残るまだ新しい足跡を見つけた。
(これは、グレシア君の……?)
足跡を追っていくと、雪原の先に氷の張った大きな湖が見えてくる。
○○「あ……」
グレイシア君は、凍った湖の上を器用に滑っていた。
足元に、氷で作られたスケート靴のようなものをつけている。
(あの靴も、グレイシア君が魔法で作ったのかな?)
(なんて楽しそうな表情……)
スピードを出しては満足気な様子で氷の上を滑っていく。
その表情には、先ほど街で見た陰りはもうなかった。
(気持ちよさそうに滑るなあ……)
私はしばらく、彼に目を奪われていた。
アイスショーのような流麗さではないけれど、男の子が楽しそうに、大胆に滑る様子に胸が弾む。
グレイシア「……お前、こんなところで何してる? ……ちゃんと医者に足を見てもらったのか?」
グレイシア君の言葉に、しまったと思う。
彼がいなくなったことに気を取られて、医者に寄るように言われていたのに、寄らないで来てしまった。
(せっかく街まで送ってもらったのに……)
○○「いえ……まだ。でも、もう痛みもないし全然平気です。 ごめんなさい。せっかく送ってもらったのに」
思わず謝ると、グレイシア君は呆れたように、ため息を吐く。
グレイシア「またすぐ謝る。お前が大丈夫なら、大丈夫なんだろ」
○○「……滑るの、好きなんですか」
私の問いに、グレイシア君が面倒くさそうに頭を掻く。
グレイシア「……別に。ずっと寝てたから、体を動かしたくなっただけだ」
そうぽつりと言うと、彼はまた氷上を滑走し出す。
(やっぱり、楽しそう……)
グレイシア「お前さ」
○○「え」
グレイシア「……暇なの?」
投げかけられた言葉に、なんとこたえたものか悩む。
グレイシア「ずっと、俺のこと見て」
○○「そ、それはあんまりグレイシア君が楽しそうに滑るから……」
グレイシア君はわずかに目を見開いて、再び頭を掻いていた。
グレイシア「じゃあ、やってみるか?」
グレイシア君が、湖畔に立っている私のところまで近づいた。
○○「わ、私、スケートしたことないから……!」
慌てて首を左右に振ると、
その様子がおかしかったのか、グレイシア君が目を細めた気がした。
グレイシア「仮にも俺を目覚めさせた奴が、これくらいできないでどうするんだ」
○○「そ、それとは話が違…―」
不意に、彼の手が差し出される。
白いけれど、男性の大きな骨の張った手。
グレイシア「ほら」
意を決してその手を取って、凍った湖の上に足を踏み出すと…―。
私の靴にもスケート靴のような、氷のブレートが現れる。
○○「わ……」
不安定な足元が怖くて、グレイシア君の体にしがみついてしまう。
グレイシア「情けねえな」
私の両腕を支えてくれるグレイシア君が、はっと声を上げて笑った。
○○「絶対、手をはなさないでください!」
グレイシア「ったく。わかったよ」
グレイシア君の腕にぎゅっとしがみついて、どうにか進んでいく。
グレイシア「ちょっと顔、上げてみろ」
○○「え……」
その言葉に、恐る恐る顔を上げてみる。
するとそこは、湖の中央だっだ。
周囲を囲む木々に風が舞い、小さな雪の結晶がきらきらと太陽の光を受けて輝いていた。
○○「綺麗……!」
グレイシア「いい景色だろ? 気に入ってるんだよ、ここ。 嫌なことがあった時もさ、ここに来ると落ち着く」
○○「嫌なこと……?」
思わずグレイシア君の顔を覗き込むと、彼ははっとしたように口をつぐんでしまう。
グレイシア「……何でもない。それよりお前、いい加減自分で滑る努力をしろよ。 でないと、ここに置いてく」
○○「ま……待って! 頑張るから!」
そう答えると、グレイシア君の手が私の背中と左手に添えられた。
グレイシア「いい返事じゃねえか。よし、ちょっと滑ってみるぞ」
口調とは裏腹に、彼が優しくエスコートをしてくれる。
背中から伝わる体温に、心臓がどきどきと音を立てる。
○○「あ……ありがとう! グレイシア君」
心臓の音が聞こえてしまわないように、グレイシア君の方を見上げて笑いかけると…―。
グレイシア「……別に」
グレイシア君の頬が、うっすらと赤くなった気がした…―。