第3話 心の中の矛盾

その翌日…-。

モルタさんの様子が気になった私は、彼らの練習を見学させてもらうことにした。

(私の考えすぎならいいけど……)

昨日触れた彼の手の、ひやりとした冷たさを思い出す。

あの手の温度に、言い知れない不安を感じていて……

(何ができるかわからないけど、もう少しだけここにいたい)

モルタ「……では、参ります」

モルタさんがブランコに掴まり、宙を泳ぐ。

モルタ「……っ」

けれどどこか集中しきれていないようで、いつもなら難なくこなす技も失敗してしまう。

(調子が悪いのかな……?)

私は舞台の上に降り立ったモルタさんに声をかけた。

〇〇「あの、少し休憩しませんか? 休んだ方が、上手くいくかもしれません」

モルタ「上手くいく……そうかもしれませんね」

独り言のようにそうつぶやいた後、モルタさんはふっと目を伏せる。

モルタ「例えば、この技ができるようになった時……。 私は、今までと同じ私でいられるのでしょうか」

〇〇「え……?」

不意に放たれた言葉が、押し込めていた不安を煽った。

(どういうこと……?)

モルタ「……いえ、なんでもありません」

私が何か言う前に、彼は緩く頭を振って顔を上げる。

モルタ「おかしなことを言いましたね。今の言葉は忘れてください」

いつもの優しい笑みが、ふわりと私に向けられる。

それなのに、なぜだか背筋に冷たいものが走った。

(どうして……)

彼がいつも口にする『死』という言葉が、私の脳裏をかすめた…-。

……

しばらくして、モルタさんが休憩のため空中ブランコから降りてきた。

(休んでくれるのは嬉しいけど……)

彼は一人きり、無言で空中ブランコをぼんやりと見つめている。

思案に耽るモルタさんに、私は……

(話しかけない方がいいかな……)

モルタ「……あなたは何も聞かないのですね」

〇〇「あ……その、一人で考え事をしたい時もあると思って」

慌ててそう言う私を見て、彼はくすりと微笑んだ。

モルタ「……よろしければ、私の話を聞いてくれますか?」

頷き返すと、彼は静かに語り始めた。

モルタ「私は……子どもでいるという夢をずっと見てきました」

チルコで起こった、過去の出来事が思い返される。

子どもに嘘を吐き、悲惨な死を遂げてしまったチルコの大人達……

そこから大人を憎むようになったチルコの子ども達を、モルタさんはずっと支え続けてきた。

モルタ「私だけではありません。チルコにとって、夢とは大切なもの……なくてはならないものです。 だからこそ、夢を見せるサーカスには意味があると考えています。 そうでなければ、私は今頃…-」

モルタさんが今、何か大切な気持ちを伝えようとしてくれていることがわかる。

憂いを帯びる表情に、やっと彼の本当の想いが垣間見えたような気がした。

〇〇「……今のモルタさんは、戸惑っているように見えます。 一人で不安を抱えているような……そんなことはありませんか?」

恐る恐る、彼の手に自分の手を重ねる。

その手はやっぱり冷たかったけれど……もうモルタさんを遠くに感じることはなかった。

モルタ「サーカスを成功させ、弟達に喜んでほしいと……そう思う心は嘘ではありません。 ですが……確かに一方で、不安もあるのです。 このカルナバーラでのサーカスが成功すれば、何かが変わってしまうのではないか……と」

〇〇「変わる……?」

モルタ「ええ。それは漠然としたもの……。 けれど、その何かは私を……いえ、私達を壊してしまうかもしれない。 だから……できるようになりたいですが、できなくていいとも思っています」

伏せていた顔を上げ、彼が私を見つめる。

モルタ「矛盾していますよね」

自嘲するような笑みに、胸が切なく締めつけられた。

(モルタさんの言ってることの全部を、理解できているわけじゃないけど)

カルナバーラでのサーカスの成功が意味するもの……

それは、子どものままであり続けてきた彼やチルコの皆に、大きな変化をもたらすかもしれない。

〇〇「モルタさんは……変わることが怖いですか?」

モルタ「……」

モルタさんは肯定も否定も示さず、そっと仮面に手を触れるのだった…-。

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