その後、稽古場を後にした私は、すっかり懐いてくれたフラフと城内を歩いていた。
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〇〇「撫でてあげないの?」
アヴィ「……稽古中だからな」
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〇〇「稽古が終わったら、アヴィにいっぱい遊んでもらおうね」
フラフは私の言葉に、わんっと元気良く鳴いた。
その時…―。
〇〇「……っ!」
通りがかった部屋の中から、大きな物音が聞こえた。
〇〇「な、何かな……?」
不安になりながら、半分ほど開いた部屋の扉を開いてみる。
すると……
窓から強い風が吹き込んで、カーテンがはためいていた。
見ると、床には不自然に落ちた、大きな木の板などがある。
〇〇「フラフ、風で倒れたのかもしれないから戻してくるね」
部屋に入り、四角い大きな木の板を持ち上げてみると……
(これは……)
埃にまみれたそれは、古い肖像画だった。
威厳のある国王様と、青紫色の花束を抱えた美しい王妃様。
(弾けそうな笑顔の男の子は……アヴィ?)
男の子も、王妃様と同じ花束を嬉しそうに抱えている。
そして王妃様の隣に寄り添うように、白い大きな犬が描かれていた。
(この犬は……)
その時…―。
アヴィ「おい、こんなとこで何してる」
〇〇「アヴィ!」
振り返ると、稽古を終えたのか、アヴィが部屋の扉に手をかけながら私を見ていた。
〇〇「通りかかったら、中から物音が聞こえて」
アヴィ「物音? それは……」
肖像画に気付いたアヴィの瞳が、驚いたように見開かれた。
〇〇「この絵が、風で倒れてたみたいだから戻した方がいいかと思って」
アヴィ「……いいよ、そんなことしなくて」
静かにそう言うと、私の手から絵画を奪い取って、
裏返した状態で、壁にもたれかけてしまった。
(あ……)
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アヴィ「……そんなの、すぐ枯れて終わりだろ」
――――――――――
(あの時と、同じ表情……)
アヴィのその表情に、胸が苦しくなって、私は…―。
〇〇「アヴィ、あの絵とっても素敵だね」
彼の気持ちを、持ち上げたくて、にっこりと笑いかける。
アヴィ「……ああ」
けれど彼は、ますます表情を曇らせてしまう。
(どうしよう……どうしたら、アヴィは笑ってくれるんだろう)
〇〇「アヴィが好きなあのお花を抱えてたひと……お母様でしょ?素敵だね。 白くてふわふわの犬も、フラフに似てるよね。もしかして、フラフのお母さんかな。 あの絵って、アヴィが何歳の時の…―」
アヴィの寂しそうな表情を見たくなくて、なんとか会話を続けようとすると…―。
アヴィ「……か…?」
〇〇「え?」
アヴィ「人の過去を詮索して、楽しいかよ」
私の方を見ることなく、つぶやかれたその言葉が胸に突き刺さった。
〇〇「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて……」
アヴィ「……っ」
突然アヴィが、力をこめた手で絵画を持ち上げた。
アヴィ「絵に残したって、何も意味がない。 死んだら、それで終わりじゃねえか……!」
〇〇「駄目っ! アヴィ…っ!」
絵画を床に叩きつけようとするアヴィを止めるために、思わず彼の体にしがみついてしまった。
アヴィ「……!!」
その拍子に、アヴィがややバランスを崩して棚に体がぶつかると……
棚にあった花瓶が落下し、割れて破片がはじけ飛んだ。
〇〇「痛っ……」
アヴィ「〇〇!」
アヴィの動きが止まる。
絵画を放り投げ、ぎゅっと私の両肩を掴んだ。
アヴィにしがみついていた腕を引きはがされ、視線が絡み合う。
アヴィ「傷が……!」
〇〇「へ、平気だよ!ちょっと足をかすっただけだから!」
アヴィはまるで、自分が傷つけられたかのような顔をしている。
〇〇「大丈夫だよ、アヴィ。そんな顔しないで」
アヴィを心配させたくなくて、にっこりと微笑んでみせる。
アヴィ「……〇〇」
〇〇「本当にごめん。私…―」
アヴィ「わかった。わかったから、まずは傷の手当てだ」
〇〇「あ……」
アヴィに、ふわりと横抱きにかかえられて、頬が熱くなる。
〇〇「ア、アヴィ! 歩けるよ!!」
アヴィ「俺が怪我をさせたんだ。こうしないと俺の気がすまない」
〇〇「……アヴィ……」
アヴィは早足で廊下を歩いて行く。
洋服越しに、アヴィの鍛えられた体の感覚が伝わってくる。
(何を……思ってるの?)
そう問いかけるように、私はアヴィの胸に顔を預けた…―。