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アヴィ「……そんなの、すぐ枯れて終わりだろ」
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その翌日…―。
私は、騎士団の剣の稽古を見学させてもらっていた。
アヴィ「はぁっ!」
凛とした掛け声が響き渡る中、朝日に照らされた赤い髪が、きらきら輝いている。
俊敏で無駄のない、優雅な動き。
迫力のある、美しくも見える剣術に私は息を呑んだ。
アヴィ「……次!お前らそんなで、この国を守る騎士団が務まると思ってるのか!?」
アヴィの厳しい声に、兵士さん達が剣を構えるが、アヴィは次々にそれを払っていく。
(本当に、強い……)
アヴィの姿に、思わず見惚れてしまっていたその時…―。
〇〇「……っ!」
ふわりと右手を、柔らかなものがくすぐった。
びっくりして顔を向けると、そこにいたのは……
〇〇「い、犬?」
白くてふわふわの犬が、元気良く尻尾を振りながらこちらを見上げていた。
(お城の犬? 可愛いな)
〇〇「どこから来たの?」
撫でながら見ると、口には木製のブーメランをしっかりとくわえている。
〇〇「あなたの遊び道具?投げてほしいの?」
尻尾が一層激しく揺れる。
(……よし!)
〇〇「ほら!取っておいで!! …あ」
力いっぱいにブーメランを投げたものの、上手く飛ばずにすぐに地面に落ちてしまう。
(ざ、残念そうな顔してる)
犬は、くうん……と悲しげに鼻を鳴らしている。
〇〇「ご、ごめん! もう1回…―」
アヴィ「下手くそ」
〇〇「……っ! アヴィ!」
いつの間にか私の後ろにいたアヴィが、呆れ声でそう言った。
アヴィを見て、犬はふたたび嬉しそうに尻尾を振り始める。
〇〇「ごめんなさい。稽古中にうるさくして」
アヴィ「別に。今は、少し休憩だ。お前、犬が好きなのか?」
〇〇「うん、動物は好きかな。この子、可愛いね」
アヴィは、小さく頷いた。
犬が、アヴィにすり寄って、しっぽを千切れんばかりに振っている。
アヴィ「こいつ、ふわふわだろ。名前はフラフ……この国の言葉で、曇って意味だ」
フラフ、と言った瞬間に、犬は嬉しそうに、わん、と鳴いた。
アヴィの瞳が、切なげにフラフを見つめている。
(アヴィのこんな顔、初めて見た気がする)
その表情に、私は……
〇〇「何かあったの?」
そう声をかけると、ハッとした表情を見せる。
アヴィ「……何でもねえよ」
けれど、フラフを見つめるアヴィの瞳はやっぱりどこか寂しげだった。
フラフは、私の隣に立つアヴィの足に前脚を乗せて、一心不乱に尻尾を振っている。
〇〇「この子、アヴィのこと、すごく好きなんだね。 さっきからアヴィのことしか見てないよ」
アヴィ「……そうか?」
そう言うアヴィの瞳が、どこか遠くを見つめているような気がした。
〇〇「撫でてあげないの?」
アヴィ「……稽古中だからな」
アヴィは一瞬黙った後、まるで、自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。
表情も、いつもの険しいものへと、引き締められる。
アヴィ「じゃあな」
アヴィは、いったん背を向けた後、すぐに足を止めた。
〇〇「?」
そしてくるりと振り返ると、唇の端で小さく笑って……
アヴィ「お前が遊んでやれよ。ブーメラン以外でな」
〇〇「……も、もうっ!」
からかうような言葉だったのに、
固く凛々しい普段の表情にわずかでも笑顔が浮かぶと、とても嬉しい気持ちになる自分がいた。
けれど……
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アヴィ「……そんなの、すぐ枯れて終わりだろ」
〇〇「撫でてあげないの?」
アヴィ「……稽古中だからな」
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アヴィが、私の知らない何かを抱えているような気がして、
私はそれがひどく気になっていた…―。