翌日…ー。
彼は城壁の外を案内すると言って、私を城から連れ出した。
アマノ「城壁へは、中庭の裏手から行くのが近いんですよ」
庭へ出ると、すぐに甘い香りが鼻をくすぐった。
○○「この香り……」
(昨日、庭でアマノさんを待っていた時にも漂っていた香り……)
アマノ「ああ……藤の花が満開ですね……」
中庭に吹き抜けるそよ風に目を細めたアマノさんが、静かに息を吸い込む。
○○「藤の花?」
彼の視線の先を追うと、庭の隅に小さな藤棚が設けられていた。
薄紫の花は、たおやかに……愛らしい花房を垂らして静かに咲き誇っている。
アマノ「少し眺めていきましょうか?花が好きなんです……特にその季節の花が……」
いつにも増して穏やかに声に、とくんと胸が高鳴る。
藤棚の近くに寄ると、甘い香りが一段と強くなった。
アマノ「……○○」
○○「え……?」
小さく呼ばれた声に振り向くと、微笑みを乗せた唇がもう一度私の名を呼んだ。
アマノ「……○○……君には、藤が似合う気がします。 どうぞ、これを」
長い指先が私の髪にふわりと触れ、手折った藤の花を飾ってくれる。
○○「似合うって……」
アマノ「ええ……とても綺麗です」
視線が重なり、一瞬の時が流れる。
すると彼は私から目を伏せて……
アマノ「……すみません。柄にもないことをしてしまいました。 ……存外、君の笑顔は野に咲く花のように…ー」
誰に言うでもないつぶやきが、彼の口からこぼれる。
○○「アマノ……さん?」
アマノ「……!」
彼はすぐに眉間に皺を寄せ、帽子を目深かに被り直した。
アマノ「……行きましょう。城壁はすぐそこです」
…
……
城壁をくぐり抜け外へ出ると、この国へ来た時に見た壮観たる大自然が広がっていた。
○○「綺麗……」
(けど……)
どこまでも広漠なその景観に、ともすれば飲み込まれてしまいそうな心地になる。
(怖い……最初に来た時は、そんなこと思わなかったのに)
アマノ「……大丈夫、僕がついています」
体を震わせていると、アマノさんが私を安心させるように柔らかく微笑んだ。
アマノ「昨夜、僕が君にあんな話をしてしまったからですね……すみません」
○○「いえ。ただ、今さらながら一人で出歩くなんて危ないことをしていたんだと思って」
昨日、彼が夜遅くまで語り聞かせてくれたこと…ー。
それは、人以外すべての生き物が巨大化したモンスティート大陸の不思議な生態系。
そしてその頂点にいるのが雄大な森を閥歩する巨大モンスターだということ…ー。
○○「こんなに綺麗に見える森に恐ろしいモンスターが……」
アマノ「……はい。人々の生活を脅かさないように、国ごとに防衛線を引いてはいます。 アカグラに同盟を申し出ている隣国は、特にモンスター討伐にも熱心なんです」
○○「もしかして先日の使者の方は……」
アマノ「ええ……」
アマノさんは言葉をそこで区切って、瀑布の連なる大地の裂け目を見た。
アマノ「けれどアカグラは……僕は、積極的な討伐には乗り気になれなくて」
彼は弓を胸元に抱えながら、迷うようにそう告げる。
その瞳には、雄大なモンスティートの自然が映っていた…ー。