雲一つない空を、蝶が飛び回っている…-。
(いい天気だな)
ソファに寝そべっていると、上から差し込む日差しがひどくまぶしい。
(そんな季節か)
(そうだ…海なんてどうだろう)
読んでいた雑誌をもう一度開き、『海辺デート』と書いてあるページを探した。
(〇〇、喜ぶかな)
いくつものページに折り目をつけてしまったせいで、中々目当てのページを探せない。
気づけば随分長い時間こんなことを調べていた自分が恥ずかしくなった。
(オペラ鑑賞デート……これも悪くないと思ったけど)
(……いや、やっぱ、何か照れ臭い)
ペラペラとページをめくりながら、一々手を止めてしまう。
(動物園デート……子どもだと思われるだろ)
(まあ、動物とかすきそうだけど、危ない目に遭わないとも限らないからダメだ)
(映画デート……惹かれるけど、好みがわからないし)
(海辺デート……あった)
そのページにたどり着き、僕はようやく起き上がり、ソファに座り直した。
(星の砂浜から出発……帆船の甲板から星空を……)
(うん、やっぱりこれか)
一人で何度も頷きながら、僕はノートにメモを取る。
(海までは、車がいいかな……久しぶりだから、練習しよう)
(泳ぐにはまだ早いから……あ、有名なアイス屋が出てるのか。テラスが気持ち良さそうだな)
(それから……)
思いを巡らせるほどに、彼女の笑顔が浮かぶ。
(あと三日か)
カレンダーを見つめて、ふと我に返った。
(というか、僕、鬱陶しいか?)
(いや、別に楽しみにしてる訳じゃないけど……こんなに下調べされてたら、僕なら嫌かもしれないし)
(……ばれないようにしよう)
メモを取っていたページを破り、そっと上着のポケットに入れた。
(……喜ぶかな)
…
……
そうして迎えた当日…-。
(……最悪)
突然降り出した雨が、地面を見る見るうちに濡らしていく。
(あ……アイス屋が慌てて店を畳んでる)
(船は……)
予約していた帆船の上で、船員が慌てて帆を畳んでいた。
(駄目か)
アピス「……自分が嫌になるな」
彼女の傘を開きながら、僕は小さくため息を吐く。
〇〇「え?」
アピス「完璧なデートにしたかったのに……」
〇〇「そんな! 雨の海も、すごく素敵です」
アピス「……そう」
彼女の優しさは嬉しかったけれど、計画通りにいかなかったことが、どうしたって悔やまれる。
(アイス食べて星の砂浜に行って帆船に乗って……)
(君のいろんな顔を見られるはずだったのに)
〇〇「アイス屋さんって、有名なところなんですか?」
気を使ったのか、彼女が話を切り替えてくれる。
アピス「……そう。本当は、アイスはテラスで食べる予定だったんだ」
〇〇「え?」
アピス「景色がいいって、有名だから」
(おいしいって笑う顔、見たかった)
(冷たいって顔をしかめるのだって、きっと可愛いと思う)
アピス「その後は、星の形の砂でできた砂浜に行って、そこから船に乗って……」
(……僕、何でこんなことを)
(絶対、鬱陶しいって思われる)
口にしたことをようやく後悔した時、彼女が小さく笑う声が聞こえた。
アピス「……笑うなよ」
(やっぱり、言うんじゃなかった)
〇〇「ごめんなさい。違うんです……嬉しくて」
(嬉しい?)
〇〇「だって、そんなに考えてくれてるって思わなかったから」
アピス「べ、別に僕は……」
彼女は本当に嬉しそうに笑っていて、僕は、安心したような、ますます照れ臭いような気持ちになる。
〇〇「また、晴れた日にも、連れて来てくれますか?」
アピス「……気が向いたらね」
(鬱陶しいって、思わないんだ)
努めて素っ気なく見えるように振る舞いながら、内心僕は嬉しくてたまらなくなった。
胸の奥がじんわり温かく、甘い音を立てている。
〇〇「あ! あそこ見てください。雲間から海に光が射して、綺麗ですよ」
空を指差す彼女の横顔に微かに日が当たり、瞳がキラキラと輝いている。
アピス「……ふーん」
(ほんと、綺麗だ)
彼女の表情がまぶしくて、僕はそっと目を細めた。
(……嬉しい)
(君が喜んでくれて、本当に嬉しい)
(でも……君は、本当に僕から離れていかないでくれるのかな)
(僕が君を愛しても……)
(君は、隣で笑ってくれる?)
〇〇「それに、雨の音も、とっても…-」
次の瞬間……
僕は、心のままに彼女を引き寄せ、その唇を奪う。
〇〇「……っ」
(雨の音もいいけど)
(君の声も、大好きだけど)
(僕は……)
つむっていた目を開けると、彼女は頬を真っ赤に染めて、真っ直ぐに僕を見つめていた。
(君のいろんな表情を、君の傍で見ていたい)
(……いいかな)
尋ねるように頬をそっと撫でると、彼女が潤んだ瞳を伏せる。
細い指が僕の袖をつまみ、柔らかな頬が今にも蕩けそうに笑った。
(……可愛い)
アピス「……今日は、おしゃべりだね」
(おしゃべりな、君の顔……君のいろいろな表情を)
(もっともっと、見たいよ)
アピス「雨の音が、何?」
続く言葉を尋ねたけれど、彼女の答えを聞くことは叶わない。
こみ上げる愛おしさに任せ、僕は彼女の吐息を深く奪った…-。