サキア「あー……雨、降ってきちゃったね……」
二人で、雨が降り出した空を仰ぐ。
サキア「このままだとずぶ濡れになっちゃうから、とりあえず……あの木の下に行こう……」
○○「うん、そうだね」
大きな木の下に、二人で急いで駆け込む。
サキア「ここで少し様子をみようか……しばらくしたら小雨になるかも……だから……」
空を覗き込んでいたサキアが、話しながら私のほうに向き直った。
その直後…ー。
サキア「……!!」
なぜか大慌てで、私から顔を背けた。
サキア「ごっ……ごごご……!」
○○「え?」
(……どうしたんだろう?)
○○「サキア?」
首を傾げながら顔を覗き込もうとすると、彼は私から一歩後ずさった。
サキア「ごっ……ごめん……! 見てない……って言ったら嘘になっちゃうけど……ほんとちょっとしか見てないから……!」
○○「な、何を見てないの?」
サキア「……服がその……」
○○「!!」
ハッとして視線を落とすと、雨で濡れた服がうっすらと透けていた。
(……恥ずかしい……!!)
慌てて両手で肩を抱いて隠すけれど、頬が急激に熱を持っていく。
すると…ー。
サキア「僕の服着てて……少し濡れちゃってるけど、か、隠せるから……」
サキアは、私を見ないように気をつけながら、上着を掛けてくれた。
○○「あ、ありがとう……」
サキア「ん……」
頷いたサキアが、雨でおでこに張り付いた自分の髪を払いのける。
普段は前髪の下に隠れている瞳が露わになる。
(綺麗……)
気付くと彼の横顔に、見惚れてしまっていた。
サキア「……」
髪を伝い落ちた雫が、彼の頬を流れる。
今のやり取りの名残なのか、ほんのり赤く染まった目元が、なんだか色っぽくて……
○○「……」
二人とも黙ったまま、雨の音を聞いているだけの時間がしばらく続いた。
(寒くなってきたな)
冷えた体が小さく震えて、くしゃみが出た。
サキア「寒い……よね……」
○○「大丈夫、気にしないで」
サキア「温めても……いい?」
○○「え…ー」
返事をするより先に、ふわりと彼の腕が私を包み込む。
ひんやりとした感覚が、サキアの熱で温かくなっていく…ー。
サキア「こうしてれば温かいから……。 下心全然ない……って言ったら嘘になっちゃうけど……」
○○「サ、サキア!?」
思わず身をよじると、さらに強く抱きしめられる。
サキア「これ以上何かしたりしないから……だからこのままで……」
○○「……うん」
それからまた、沈黙がやってきた。
聞こえてくるのは、雨の音と大きくなっていく私の心臓の音……
(どうしよう、サキアに聞こえてしまう……)
そう思って、身を固くしていると……
サキア「○○、見て……あっち……」
サキアの嬉しそうな声が、耳元で囁かれた。
サキア「ほら、あの場所……わかる?」
弾んだサキアの声に、指し示す方向へと視線を向けると…ー。
○○「あ……」
うっすらと霧が立ち込める森の中、雲間から零れた光が差し込む一角があった。
○○「あれは……」
サキア「うん……」
無数の紫の花が、光に水滴をきらめかせながら咲き乱れている。
サキア「店員さんから教えてもらった、ジキタリスの群生してる場所……だと思う……。 雨の中で見ると、なんだか幻想的な感じがするね……」
○○「すごい……本当に素敵」
返事をしながら顔を上げると、触れそうなくらい近い距離で、目が合った。
驚いてとっさに引きかけた体を、ぐっと抱き寄せられる。
サキア「まだ、ここにいて……。 ……雨が、止むまで……」
恥ずかしくて返事ができない代わりに、私は黙ったまま頷いた。
(あ……)
顔を埋めた彼の胸からは、少し速い鼓動が聴こえてくる。
(高鳴ってる……サキアも同じように緊張しているの?)
○○「サキア……」
名前を呼ぶと、照れくさそうにサキアが笑う。
サキア「楽しかったね……今日……」
そして、私の額に小さくキスが落とされた。
サキア「ずっと……この時間が続けばいいのに……」
サキアが私の肩に、そっと顔を寄せる。
そんな彼が愛しくて、私もぎゅっと彼を抱きしめ返した。
雨がくれた優しい時間……
その甘い幸せに包まれながら、もう少しだけこの雨が続きますようにと、私は空に希った…ー。