激しい雨が降り続き、遠くで雷が鈍く光っている…―。
突然の雨から逃れて洞窟へとやって来ると、どっと力が抜けてしまった。
(……体が、重い)
〇〇「これ、使ってください」
雨に濡れた僕に、彼女がハンカチを手渡してくれる。
けれどもそれを受け取るのも億劫なほど、頭にぼんやりと霧がかかっていた。
アピス「大丈夫だから」
〇〇「でも、風邪でもひいたら……」
彼女が心配そうに僕を見つめる。
(そんな顔、するなよ……)
霧がかった頭の奥が熱くなり、彼女に触れたい衝動に駆られた。
(……何だ、これ)
アピス「……じゃあ、拭いて」
何とか誤魔化そうとして、僕はわざと素っ気なく言う。
〇〇「え?」
アピス「早く。疲れる」
彼女の前に屈むと、細い指が、ためらいながらも僕の髪を拭いてくれた。
(指、冷たい……気持ちいいな)
思わずその手を引き寄せようとした時……
〇〇「アピスさん、熱が……!」
彼女が小さな叫び声を上げた。
アピス「え? ないよ」
(何をしようとしてたんだ、僕は……)
〇〇「でも」
アピス「大丈夫だから」
(だから、それ以上近づくな)
(今、自分を抑える自信がない……)
〇〇「私のせいで濡れたから……!」
(そんなことは、いいから)
〇〇「ほら、こんなに熱い」
アピス「!」
彼女の手が、僕の額に触れる。
(……落ち着け)
思わずその手を掴み、深く深呼吸をした。
アピス「……じゃあ、ちょっとこうしてて」
(そうでもしないと、抱き寄せてしまいそうだ)
彼女の頬が染まっていき、僕はますます自分を抑えるのに苦心する。
アピス「朝からちょっと風邪気味だっただけ。君のせいじゃないよ」
(そう、熱はね)
(でも……)
〇〇「え?じゃあ、どうして…―」
アピス「楽しみだったから」
〇〇「え……」
驚いたようにそう言って、彼女は僕の瞳を覗き込んだ。
(煽るな……そんな顔をして)
僕は、どうしようもなく彼女の手に口づけを落とす。
(止めるなら、早く止めろ)
唇が、手の甲、手首を辿るに任せていると……
彼女は逃げるどころか何かを堪えるような表情を浮かべた。
(もう、知らないからな)
彼女と目が合った瞬間……
〇〇「アピスさ…-」
僕は彼女の首の後ろを引き寄せ、唇を奪う。
(〇〇……)
熱に浮かされた頭は止めることを知らず、ただ彼女の唇の感触に浸った。
アピス「……風邪、うつしたらごめん」
どうにか彼女に呼吸を許し、僕は掠れた声で囁く。
ぼんやりとした瞳で僕を見つめる彼女が愛おしく、その華奢な体を抱きしめた。
アピス「でも、もうきっと手遅れだから。雨が止むまで、こうしていよう」
(……でも、いつまでこれだけで耐えてられるかな)
(自信、ない……)
体がどこまでも熱くなっていき、その熱が思考を奪っていく。
(これ、僕、まずいんじゃないのかな)
〇〇「アピスさん?」
アピス「……うん」
そっと彼女の耳に口づけると、細い方がピクリと跳ねる。
(だめだ、もう、抑えられない……)
そのままキスで首筋を辿ろうとした時……
〇〇「アピスさん!」
彼女が大きな声を上げ、僕の肩を掴んだ。
〇〇「大変! 熱がどんどん上がっているみたい」
アピス「え……」
(今、それ?)
〇〇「どうしよう……」
彼女は泣きそうな顔をして、オロオロと周りを見回した。
〇〇「そうだ!」
彼女は雨の降る表へと向かい、何かをしている。
(何を……)
戻って来た時には雨に濡れたハンカチを手にしていて、おもむろに洞窟の床に腰を下ろした。
〇〇「アピスさん、どうぞ」
すごい勢いで彼女に腕を引っ張られ、膝に頭を乗せさせられる。
さらに額に濡れたハンカチを当てられて、僕はまばたきを繰り返した。
アピス「……これ、何してるの?」
〇〇「熱がこれ以上上がったら大変ですから……!少し、こうしていてください」
アピス「いい」
(膝枕なんてされたら、ただでさえ理性きかないのに……)
〇〇「よくありません! じっとしていてください」
彼女の真剣な声に押され、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
〇〇「寒くないですか? きっと通り雨ですから……止んだらすぐにお城に帰りましょう」
彼女のひんやりと優しい手が僕の頬に触れ、次に首筋を冷やしてくれる。
〇〇「それまで、我慢してくださいね」
(我慢……)
僕は小さくため息を吐く。
(我慢、か……)
雨は相変わらず激しく地面を叩いている。
止んで欲しいような、降り続いて欲しいような……そんな、雨降りの昼下がりだった…-。