私達は、ベーカリーで買ったパンを持って、駅へと向かう。
ホームにはすでに、二両編成の電車が停まっていた。
駅員がうやうやしく私達に頭を下げる。
駅員「どうぞ、素敵な旅をお楽しみください」
○○「あ、ありがとうございます!」
(誰も乗ってない……本当に貸切なんだ)
フォーマ「前の車両に乗った方が、景色がよく見えるよ。 さ、行こう」
○○「うん」
私はフォーマに促され、車両に乗り込んだ。
車内は、足元にふわふわのシートがひかれ、内装は全体が暖かみのある色で統一されていた。
私達は、真ん中のボックスシートに、向かい合って座ることにする。
(すごい……これがまさに、お召列車っていうんだよね?)
興味津々で、車内を見回していると――
フォーマ「ははっ」
フォーマが突然、声を出して笑った。
○○「どうしたの?」
フォーマ「いや、なんだか嬉しそうだなって思って」
○○「えっ?!」
つい本音を言い当てられ、頬が火照ってしまう。
フォーマ「○○は分かりやすいからね」
○○「そう……かな……」
(何だか恥ずかしい)
フォーマ「僕の周りにはあまりにも二枚舌な人が多いから。 だから、○○と一緒にいると安心するよ」
フォーマのその言葉に私は……
○○「単純ってことだよね」
フォーマ「○○のそういうところが良いんだけど。 こんなに喜んでもらえるなんて、やっぱり電車にして良かった」
そう言うと、フォーマは優しく微笑む。
次の瞬間、電車が発車し、その反動でお互いの膝が触れ合った。
フォーマ「あっ……ご、ごめん」
○○「う、ううん」
フォーマに微笑まれ、私は思わず、目を逸らしてしまう。
向かい合って座っているため、私達の距離はいつもよりも近い。
そのことに改めて気づき、私の胸が音を立て始めた。
(ちょっと、緊張するかも……)
フォーマ「見て、いい景色だ」
フォーマの視線が窓の外へ注がれ、私はほっと胸を撫で下ろす。
窓の外には山々がそびえ立ち、その雄大さに私は目を見張った。
フォーマ「せっかくだから、景色を見ながらパンを食べよう」
○○「そうだね」
フォーマと一緒にバゲットサンドを食べながら、窓の外を眺める。
○○「おいしい……!」
フォーマ「やっぱり、パンを買って正解だったな」
○○「うん!」
フォーマが窓を開けると、柔らかな風が車内に吹き込んできた。
○○「気持ちいい……」
フォーマ「ああ、毎日がこれだけ平和だと良いんだけど……」
フォーマは拳をぎゅっと握りしめると、決意に満ちた表情を見せた。
フォーマ「決めた! 今日は日常を忘れることにする。 毒のことは一切考えないようにするよ。 だから、今日は一日、思いきり楽しもう!」
フォーマの表情は、とても清々しい。
(こんな機会、きっとなかなかないんだ)
(今日くらいは、何も考えず心から楽しんで欲しい……)
○○「……うん!」
力強く頷くと、フォーマは嬉しそうに笑って、眼鏡を押し上げた。
窓から流れゆく景色、柔らかな風、美味しいパン――。
私達は、その穏やかなひと時を、思い切り味わった。
…
……
数時間後。
電車は山麓の駅に到着した。
ホームに降り立つ前から、既に花の甘い匂いが立ち込め、私の鼻腔をくすぐった。
(いい匂い……)
フォーマ「さ、行こうか」
○○「うん」
私はフォーマに促され、ホームに出る。
(紫陽花、楽しみだな……天気が持つといいけど)
見上げると、空が少し暗さを帯びてきていた。
そのことを心配しながらも、私は弾む気持ちで紫陽花のある庭園へと向かった…―。