エンジン音が鳴り、アピスさんがアクセルを踏んだ。
クラシックカーと言うのだろうか。
彼の車は、昔のフランス映画で見たような、とても優美な形をしていた。
〇〇「どこへ行くんですか?」
アピス「海」
視線を前に固定したまま、アピスさんが素っ気なく答える。
〇〇「嬉しい……海なんて久しぶりです!」
楽しみで胸が躍った。
〇〇「まだ水は冷たいでしょうか? 足だけでも入れたらいいな……」
まだ海も見えないうちから、波の音が聞こえるような気までしてくる。
(すごく楽しみ)
アピス「……喜ぶと、思ったから」
その声は、エンジン音と掠れたラジオの音にかき消されそうなほど小さかった。
けれど私は、あんまり驚いて、彼の横顔を見ることができなくなってしまう。
(嬉しい……もしかして、色々考えてくれたのかな)
〇〇「アピスさんは、泳ぐのは得意ですか?」
アピス「どうかな。たまに城のプールでは泳ぐけど、溺れたことはない」
アピスさんは、そう言って小さく笑った。
それきり言葉に詰まってしまい、私は窓の外に目を向ける。
〇〇「あれ? 子ども達が……」
飛ぶように過ぎていく景色の中に、私はたくさんの子ども達の姿を見つけた。
子ども達は一様に瞳を輝かせ、中には大きく手を振ってくれる子もいる。
アピス「この国では、車はまだ珍しいんだ」
手を振り返しながら、アピスさんが教えてくれる。
アピス「最近、国内でも車を製造しはじめたところなんだよ」
〇〇「そうなんですか」
アピス「うん」
アピスさんを真似して、手を振り返した時…―。
〇〇「あっ」
舗装されていない道を走っていた車が大きく揺れ、シートベルトも無いため、私は体勢を崩してしまう。
アピス「……大丈夫?」
けれど、アピスさんが私の側の窓に手をついて抑えてくれていた。
アピス「危なかった。ごめん」
そう言うと、彼は私の手を持ち、自分の腕を握らせる。
アピス「掴まってて」
胸が大きく跳ねて、私は思わずその手を引いた。
〇〇「でも、運転の邪魔に……」
アピス「いいから」
有無を言わせぬその口調に逆らえず、私は彼の腕をそっと握る。
胸の鼓動が伝わったのか、指先が微かに震えた…-。