第2話 心動かす恋物語

式典の挨拶が終わった藤目さんと会場で話をしていると……

藤目「松影(まつかげ)は文壇の国にもファンが多い、特別な小説家なんです。 私も松影の小説は好きで、ただ……」

藤目さんは何か言い淀んだ後、私を見つめる。

藤目「……『月夜ニ君ヲ想フ』は読みましたか?」

〇〇「はい、読みました。送っていただいてありがとうございました」

式典の招待状と共に、一冊の小説が送られてきていた。

東雲の有名な作家である松影が最後に残したという恋愛小説、『月夜ニ君ヲ想フ』。

それはある文豪と名家の令嬢の悲しくも美しい恋物語で……

藤目「貴方の感想を聞かせてもらってもいいですか?」

藤目さんは興味深そうに私の瞳をじっと見つめる。

小説を読んでいた時のことを思い出し、私はそっと胸を押さえた。

〇〇「とても切なくて……でも優しいお話だと思いました。 身分違いの恋に落ちた二人は、会える距離にいても堂々と会うことができない。だから…-」

藤目「『会えない日々は、月を見て君を想う……』」

藤目さんが口にした小説の一節に、私は頷く。

〇〇「あんなふうにロマンチックな約束をして、お互いを想い合えるなんて素敵だなって」

藤目「やはり女性らしい感想ですね」

藤目さんがくすりと笑みを深めた。

〇〇「でもやっぱり、最後に結ばれないのは切なくて、読みながら思わず泣いてしまいました」

藤目「泣いた……? そうですか……」

私の言葉に考え込むように黙ってしまった藤目さんに、私は……

〇〇「藤目さん、どうしたんですか?」

藤目「いえ……。 今回の式典が開かれるのに際し、松影の小説を私もすべて読み直しました。 過去に読んだ時よりずっと感情移入しましたし、心も動かされました。ですが……」

藤目さんは言葉を切り、まつ毛を伏せる。

藤目「松影の小説の中で唯一悲恋の、この小説だけは違ったんです。 この小説を読んでも、貴方や皆のように涙が出ることはありませんでした。 美しさ、切なさ……そういうものは理解できたのですが。 こんなにも多くの人々の心を動かされる理由が、実のところわかっていないんです。 文壇の国の王子、しかも恋愛小説家だというのに……」

(藤目さん……)

けれど、悩んでいた様子の藤目さんが不意にいたずらな笑みを浮かべた。

藤目「この後少し、私に付き合ってもらえると嬉しいのですが。 貴方もご存じの通り、私は恋を知らない恋愛小説家です。 いえ、知らなかった。貴方と出会うまでは」

〇〇「え……」

思いがけない言葉に、どきりと胸が跳ねる。

藤目「貴方に恋をしたのが初めてですから、自分の人生でまだ悲恋を経験したことはない。 けれど、気になるんです。いつか悲恋の物語を書きたいと思った時の参考のためにも。 だから、貴方と一緒に行きたいところがあって…-」

(一緒に行きたいところ……?)

首を傾げた私の手を取り、藤目さんがいたずらに微笑む。

そして誰にも気づかれないように、そっと会場を抜け出したのだった…-。

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