猫又が発する近寄りがたい雰囲気に、私は動けなくなる…-。
ユーリ「ん? 何してんだよ、遊んでんのか?」
〇〇「この下でスマホを見つけたんだけど……ちょっと問題が」
ユーリ「あ? ハッキリ言え。意味わかんねえ」
ユリオ君がベンチの下を覗き込むと、猫又が牙を剥いて彼を威嚇した。
ユーリ「……この猫。さっき俺のスマホぶっとばした奴じゃねえか」
〇〇「写真撮ろうとしたの、怒ってるのかな?」
二人で顔を見合わせ、どうしたものかと首をひねる。
すると…-。
泥1「……」
リーダーらしき泥が他の泥達に指示を出すような身振りをした。
〇〇「?」
泥達はいっせいに散った後、どこからか猫じゃらしのような草や手鞠、干した魚を持って帰って来た。
それぞれが猫又の気を逸らそうと、懸命に取り組んでいる。
ユーリ「すげえ警戒してんのに、そんな簡単に引っかかるわけ…-」
けれど予想を裏切るように、猫又は興味を引かれたようで……
ぱっと立ち上がり、猫じゃらしに飛びかかった。
その隙に素早く別の泥が、ユリオ君のスマホを拾い上げる。
ユーリ「おお! ナイス連係プレー」
手渡されたスマホを嬉しそうに受け取るユリオ君に、数名の泥が近づく。
泥1「ユーラチカ、チャンス……」
泥2「猫……」
泥3「写真……」
ぱっとユリオ君の顔が明るくなる。
ユーリ「SNSにアップはできねえが、記念にバッチリ撮影してやる」
〇〇「……難しいんじゃないかな」
けれど泥達におびき寄せられた猫又は、立派な二本の尻尾を揺らしながら表に出て来た。
そして、ひょいと橋の欄干に飛び乗って……
ユーリ「クソヤバい。 尻尾が二つに分かれてるとか、すげえいいよな」
その言葉に、猫又は目を丸くしてユリオ君を見た。
ユーリ「お前みたいなイカした猫、見たことねえよ」
彼の無邪気な笑顔に、私の心は射抜かれてしまう。
スマホを傾け、猫又と写真を自撮りする姿から目が離せなくなる。
(……でも、猫又が嫌がらずに応じてるなんて不思議)
普段は人の姿になっている猫又は、猫の姿を晒すことを恥だと思っているらしい。
(ユリオ君には平気みたいだけど)
(それって、褒めてもらったからなのかな)
猫又の真意はわからないけれど、平和で穏やかな時間が流れている。
(楽しそうだな、ユリオ君)
ユリオ君の明るい笑顔に魅了されているのは、私だけではなかった。
(泥達も嬉しそう)
少し離れた場所でユリオ君を見守る泥達も、笑っているように見える。
(あの子達……写真に写り込まないようにしてるのかな)
さっきの統率の取れた動きを思い出しながら、私はほうとため息を吐く。
(……ファンってすごいな)
やがて満足のいく写真が撮れたのか、ユリオ君は静かにスマホを下ろす。
ユーリ「帰ったらじいちゃんに見せてやろう。すげえ驚くぞ」
猫又は小さく鳴いて街路樹に飛び移ると、そのままどこかへ消えてしまった。
ユーリ「皆、ありがとな」
その言葉に泥達は歓声を上げて、いっせいに拍手をする。
ユーリ「だから手を叩くな! 泥が飛ぶ!」
そう言いつつも笑う彼を見ていたら、私の頬も緩んでいた。
ユーリ「ああ、お前もな。〇〇」
不意に向けられた青い瞳に、私の心臓が跳ねる。
(笑顔……かわいいな)
ファンの子達の気持ちがわかるような気がして、私は泥の皆を改めて見つめた。
ユーリ「よし、あとは理想郷の湯を見つけるだけ…-」
泥1「ユーラチカ……」
意気込む彼の言葉を遮るように、泥がスケッチブックのような紙を見せた。
そこには『理想郷の湯はここにはないようです』と泥で文字が記されてある。
ユーリ「は? ない? じゃ、どうやって戻ればいいんだよ」
泥が次の紙をめくると、『我らユーリエンジェルスにお任せあれ』とある。
(ユーリエンジェルス……)
続けて泥が次をめくると、『泥ネットワークを駆使して必ずしも帰る方法を探します』と記されていた。
ユーリ「泥ネットワークってなんだよ。ツッコミどころ多すぎ」
(確かに不思議なことはいっぱいあるけど……)
〇〇「ユリオ君のファンって、頼りがいがあるね」
ユーリ「ああ。まあ泥だけどな。いや、泥なのにマジすげえ」
〇〇「うん。さすがユリオ君のファンだね」
(それに、ユリオ君もファンの子達をすごく大切にしてるし)
選手とファン……お互いに支えになっているだろうと、私はそんなことを思う。
ユーリ「否定はしねえ。驚異の情報網。それがユーリエンジェルスだ」
(彼女達なら本当に戻る方法を見つけてきそう)
俊敏に消えていく泥ユーリエンジェルスの後ろ姿が、なんだかとても誇らしげに見えたのだった…-。
おわり。