月SS 熟成計画

川の水面が夕陽の光を反射し、まるでとある果実のような橙色に輝いている…-。

私と〇〇様は桜の木の根元に腰かけ、濡れた体をぬぐっていた。

(私としたことが、少々焦りすぎてしまったようです……)

五感で楽しむ『花の膳』を作るため、こうして川に珍味を獲りに来たものの……

収穫もなければ、あわや彼女に怪我をさせてしまうところだった。

(しかし、それにしても……)

水を滴らせる〇〇様はいつになく煽情的で、匂い立つ芳香に、忘れかけていた食欲が沸々と湧き上がる。

(せめて、その髪から滴る雫だけでも、飲み下してしまいたい……!)

抑えきれない欲求に、とうとう彼女へ手を伸ばしそうになったその時…-。

(おや?)

私の邪な思いを知ってか知らずか、〇〇様はすっと立ち上がると、桜の枝に手を伸ばした。

(おや……木の実ですか)

自分の背丈より高い位置になっているにも関わらず、彼女はその実を採ろうと必死に爪先立ちをしていた。

(この国に来た時に、既にあの木の実は食しましたが)

(今こうして見ると、あの木の実はまるで……)

上空で可憐に揺れる果実が、目の前で健気に手を伸ばす姿と重なる。

気づけば私は、その細い腰を抱き上げ、宙に浮かせていた。

ネペンテス「赤くて小さく甘そうで……まるで、あなた様のような果実だ。 採ってくださいますか?」

促されるままに、〇〇様の白魚のような指が果実を摘む。

ネペンテス「桜は味覚としては面白みに欠けるものです。しかし……。 花で目を喜ばせ、果実で舌を楽しませ、人々に暖かな季節を告げる」

(そしてこの果実も、以前とは違う魅力を私に呈している)

(〇〇様のようだと思えば、なんと愛らしい)

そんなささやかな変化が、私の胸を妙に躍らせていた。

ネペンテス「あなた様の言う、五感で楽しむ食事にはぴったりかもしれません」

(短い命ではありますが)

(いえ、短いからこそ……その命を余すことなく咲かせるため、さまざまな楽しみ方ができるのでしょう)

桜への畏敬の念を覚えながらそう言うと、〇〇様もどこか切なそうに頷いた。

〇〇「そうですね……」

同意を得たところで、私は改めて果実を食してみたいという衝動に駆られる。

ネペンテス「では……お願いします」

そう言うと、〇〇様は目を数度瞬かせた。

(おや……わかりませんかね)

口を開け、〇〇様にわかるように目で訴える。

すると……彼女は頬を果実のように赤く染めながら、そっと私の口に実を押し込んでくれたのだった。

ネペンテス「ふむ……」

期待していたものの、やはり味はさほど変わらない。

ネペンテス「やはり、味はどうということはない」

〇〇「そう……ですか」

(ですが……その理由は明明白白)

さりげなく顔を近づけ、彼女の澄んだ瞳を真正面から見つめる。

(あなた様という存在が、甘い香りを放っているから……)

(その香りにあてられれば、どんな味も薄れてしまうというものです)

手のひらで彼女の頬を捉え、ねだるように視線を注ぐ。

ネペンテス「私はそろそろ、あなた様という蕾もほころばせたいと思っています。 あなた様が咲かせる花は、きっと舌触りのいい、とろけるような美食になるでしょう」

間近で囁くと、途端に〇〇様の頬が赤く染まり、それと同時に、火照った体から漂う香りもさらに強まった。

ネペンテス「さあ……二人で一緒にいただきましょう」

〇〇様に、私は深く口づける。

(なんと豊かな味わいなんでしょう……)

目を閉じて必死に口づけに応じる表情に、めまいがするほどの芳香……

そして互いの口内を満たす甘酸っぱさに、胸が歓喜で震え出した。

(このまま、あなた様のすべてを食べ尽くしてしまいたい……)

やがて離れた唇を、衝動のままに白い首筋に押しあてる。

しかし、次の瞬間……

(おや、この音はもしや……)

不意に、切なげに鳴った音に動きを止める。

すると、目を見開いた〇〇様が、恥ずかしそうに腹部を抑えた。

〇〇「す、すみません! その、お腹がすいてしまったみたいで……」

(そういえば昼間、私の後を追いかけて……)

結果として、彼女も『花の膳』をほとんど食べれなかったことを思い出す。

ネペンテス「これは……申し訳ありませんでした」

私の言葉に、〇〇様がほっと安堵したように息を吐き出す。

しかし、彼女は私のもう一つの思惑に気づく様子はなかった。

(それにどうせいただくならば、満たされ熟しきったあなた様を……)

〇〇「あの、ネペンテスさん?」

ネペンテス「……いえ。なんでもありませんよ」

戸惑った様子の彼女の手を引いて、私は意気揚々と歩き出したのだった…-。

おわり。

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