太陽SS 不思議の呪文

騒然となる場に、母上のよく通る声が響き渡る…―。

ハートの女王「静まれ、人々よ! この通り、この女は災いの少女『アリス』ではない。 よって、後日執行されるはずであった処刑は、取りやめとする、以上!」

先ほどまでざわめいていた聴衆も、母上の言葉に安堵しているようだった。

ハーツ「本当に……大丈夫なんだよな? もう、〇〇の安全は保障されたって、そう考えていいんだよな!?」

ハートの女王「……ええ、国民はお前の言葉に心を動かされたようですから」

ハーツ「……っ」

(よかった……)

ハーツ「〇〇、よかった! 本当によかった!!」

〇〇「私…―」

力が抜けたのか、〇〇がその場に崩れ落ちそうになる。

ハーツ「〇〇っ、大丈夫か!?」

俺は慌てて彼女の体を抱きとめる。

〇〇「ハーツ君……ありがとう」

(ごめん……怖かったよな)

震える彼女の指先を握ると、申し訳なさで胸が裂けそうになる。

ハーツ「ああ、もう大丈夫、なんも心配ない……〇〇!」

〇〇「うん……ありがとう」

〇〇は、気丈に俺に笑いかけてくれた。

(〇〇……)

その名前が、今すごく愛おしい。

俺は大切な人の名前を何度も呼び、皆の前でキスをしたのだった…―。

……

それから、しばらく経って……

ハーツ「……な、なんでしょうか、母上……?」

俺は母上に呼び出され、王座の間で跪いていた。

ハートの女王「呼び出された理由は、わかっているかと思いますが?」

母上は、錫杖をカツンと一つ打ち鳴らした。

(やっべー……超不機嫌だ)

ハートの女王「毎日毎日、〇〇、〇〇とフラフラ出かけて……。 アリスから名前が変わっただけではありませんか!」

ハーツ「そんなことないって! 王子としてもちゃんと…―」

ハートの女王「全く……聴衆の前での演説を見て、少しは成長したのかと思いましたが」

俺を遮って、母上は恐ろしい言葉を紡いだ。

ハートの女王「このままだと、彼女の処刑の有無も考え直さないといけませんね」

ハーツ「……っ!?」

ハートの女王「冗談です」

ハーツ「母上が言うと、冗談に聞こえねえよ!!」

母上は慌てる俺を見て笑みを浮かべた後、すっと片手を上げる。

ハートの女王「あなたを呼んだのには他にも理由があります。これを彼女に渡してください」

母上の指示で兵士が持ってきたのは、トランプ柄の四角い箱だった。

ハーツ「ん? なんだよ、これ」

ハートの女王「無礼を働きましたからね。お詫びも兼ねて、です。 〇〇様によろしくお伝えください。 いいですか? アリスにではなく、〇〇様にですよ」

ハーツ「わ、わかってるよ!」

……

ハーツ「ってわけなんだけど」

母上から渡された箱を持って、俺は〇〇のところへやって来た。

〇〇「なんだろう……」

前にあんなことがあったからか、〇〇は緊張した面持ちで箱を開ける。

すると…―。

〇〇「わっ……おいしそうなタルト!」

箱の中には、『EAT ME』と書いてある瑞々しいフルーツタルトがあった。

ハーツ「母上がこんなことするなんて……槍でも降るんじゃねえかな」

俺の言葉を聞いて、〇〇がくすりと笑みをこぼす。

〇〇「でも、ハーツ君はそういう不思議は大歓迎でしょう?」

ハーツ「ん? んー……まあ、そうだな。槍は勘弁だけど」

晴れ渡るトランピアの空を見上げる。

ハーツ「でもいいんだ。俺……今すっげえ毎日楽しいから」

〇〇「え……?」

ハーツ「〇〇がいてくれるから、さ。 そりゃ、毎日ずっと一緒ってワケにはいかねえけど。母上もすぐ怒るし」

〇〇「……『アリス』は、もういいの?」

空から視線を戻すと、〇〇の瞳が切なげに揺れていた。

(〇〇……)

ハーツ「俺……アリスがいないと、きっとこの国は変わらないんだって思ってたんだ」

ぐっと、手のひらを握りしめる。

ハーツ「でもさ、〇〇が俺を変えてくれたみたいに……。 アリスじゃなくても、俺にだってきっとこの国を変えられる! いや、変えてみせるよ! 現に、母上だってこうして変わってきてる。『EAT ME』だなんて、まさかあの母上が…―」

すると、〇〇の手のひらが俺の拳をそっと包んで……

〇〇「すごく嬉しい」

ハーツ「〇〇……」

見つめ合い、微笑み合った後……俺達は唇を触れ合わせた。

(〇〇……)

愛しいその名前を、俺は心の中で何度も繰り返す。

その響きは、まるで俺に勇気をくれる魔法の呪文のようだと……俺は心からそう思った…―。

おわり。

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