第3話 『花の膳』

体を擦り寄せ続けるネペンテスさんをなんとかかわしつつ、桜並木を歩き始める。

やがて宴の席にたどり着いた私は、彼と並んで腰を下ろした。

(これが、『花の膳』……)

目の前に置かれた、漆塗りの重箱の蓋をゆっくりと持ち上げる。

〇〇「わあ、素敵……!」

重箱の中には美しい本物の花がちりばめられており、今までに見たことのない珍味や豪華な食材を鮮やかに彩っていた。

ネペンテス「おお、これは……!」

隣に座るネペンテスさんも、既に待ちきれないといった様子で箸をつけている。

私もそれに倣って料理を口に運ぶと、芳醇な香りと味が広がった。

〇〇「おいしいですね、ネペンテスさん。 色どりも鮮やかで、お花見にぴったりですし……」

ネペンテス「……」

〇〇「ネペンテスさん?」

急に静かになったことが気になって、隣に視線を向ける。

見ると、ネペンテスさんの顔からは表情という表情が消えていた。

(えっ……?)

あっけに取られる私にも目もくれず、彼が静かに箸を置く。

そして湯呑を持ち上げたかと思うと、お茶をずずっと一口啜った。

ネペンテス「なるほど……確かに、『花の膳』、いただきました。 ごちそうさまは、別の機会に」

ネペンテスさんは丁寧に蓋を閉じると、そのまま席を立って会場を出て行ってしまう。

〇〇「え、ネペンテスさん? ちょっと待ってください!」

膳にはまだ料理が残っていたけれど、私は慌てて立ち上がり、彼の後を追いかけたのだった…-。

……

多くの人で賑わう桜並木の下、ネペンテスさんを探す。

すると、少し離れた桜の木の下でうずくまっている姿が目に入った。

〇〇「ネペンテスさん! 大丈夫ですか?」

ネペンテス「〇〇様……」

(ひょっとして、また食当たりとか……)

美食を追求するネペンテスさんは、よく変わったものを食べてはお腹を壊している。

よく見ると彼の顔色は普段よりもさらに青白く、体も微かに震えていた。

(そんなに具合が悪いの……?)

私は、少しでもネペンテスさんが楽になるように、そっと背中をさすった。

ネペンテス「ありがとうございます……」

けれど、ネペンテスさんは相変わらずぐったりとしていて…-。

〇〇「ここにいてくださいね。今、お医者様を呼んで……」

ネペンテス「待ってください」

立ち上がりかけると、不意に腕を取られる。

顔を上げたネペンテスさんの目元には、うっすらと涙が浮かんでいた。

(ネペンテスさん……?)

ネペンテス「どこにも行かないで、私の傍にいてください」

すがるようなその表情にほだされてしまい、彼の瞳をじっと見つめてしまっていると……

次の瞬間、手の甲に濡れたような温もりが走って…-。

ネペンテス「ああ、やっぱりお口直しにはあなた様をいただくのが一番いい……」

うっとりとした声色にはっと我に返り、右手に目を向ける。

そこではやはりネペンテスさんが、私の手を取り舌舐めずりをしていた。

(な、舐められた……!)

突然のことに、思わずネペンテスさんの手を振り払ってしまう。

ネペンテス「おや、これは残念です」

すると、彼はすっかり回復した様子ですくっと立ち上がった。

ネペンテス「失礼しました。ご心配をおかけしましたね」

(……びっくりした)

未だに戸惑う私に、ネペンテスさんはうかがうような視線を向ける。

ネペンテス「先ほどの『花の膳』……あなた様はいかがでしたか?」

〇〇「え? おいしかったです、けど……」

ネペンテス「そうですか。 あなた様が嬉しそうに食していらっしゃったのは、私も喜ばしい限りなんですが……」

ネペンテスさんはそこまで言うと、どこか悲しそうに目を伏せたのだった…-。

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