月最終話 極楽温泉は蜜の味

失われたユリオ君のスマホを届けてくれたのは、泥達……彼のファンの子達だった。

ユーリ「マジかよ。これ、俺のスマホじゃん」

彼は嬉しそうに頬を緩ませると、泥のついたスマホを受け取る。

ユーリ「見つけてくれたのか?」

泥達は静かに頷くと、ハイタッチをねだるように両手(?)を上げた。

ユーリ「……!」

彼は要望に応じるように、渋々ながらも泥ひとりひとりにハイタッチをする。

(なんか……いいなあ、こういう感じ)

ファンを大事にする姿勢を崩さないユリオ君を、微笑ましく思っていると……

ユーリ「おい、何ニヤついてんだよ」

鋭い視線が突き刺さり、我に返った。

〇〇「えっ、ううん……」

よく見ると、ユリオ君の手はすっかり泥だらけになっている。

〇〇「ユリオ君……泥がついちゃったね」

ユーリ「そりゃそうだろ。泥のファンだからな」

さも当然のようにそう言って、ユリオ君は手についた泥を払うのだった…-。

……

すっかり汚れてしまったユリオ君は、戻った宿で温泉に入ることになった。

私はユリオ君から頼まれて、脱衣所の前で見張り番をすることになったけれど…-。

(泥が入ってこないようにって……止められる自信が全くない)

ユーリ「絶対覗くんじゃねえ。見たらぶっ殺す!」

温泉の方からユリオ君の声が飛んでくる。

〇〇「大丈夫だから、ゆっくり入って!」

安心させようと脱衣所に背を向け、彼へ叫んだ。

(ただでさえ慣れない異世界にいるのに、今日は一日大変だったから)

(ゆっくり入って、疲れを取ってほしい)

見張りを頑張ろうと、気合を入れ直した時…-。

〇〇「!?」

またしても、いつの間にか泥達の姿があった…-。

ユーリは岩風呂の縁に顎をのせ、湯船に身を沈める。

ユーリ「ふう……まあまあだな」

立ち上る湯気がユーリの金髪をしっとりと濡らし、ほんのりと色香を醸し出す。

ユーリ「はあ……。 んん……。 ああ……気持ちいい」

ユーリの吐息混じりの言葉が、淡い湯気に溶けていった…-。

……

脱衣所の前まで侵入した泥達は、きちんと一列に座ってユリオ君を待っている。

(すごい……温泉でも出待ちするんだ)

(入ってはこないみたいだけど……大丈夫かな)

心配になって辺りを見ると、脱衣籠の脇に小さな段ボールが置かれていた。

泥の文字で書かれているのは、『ユーリ・プリセツキーへの贈り物はこちら』という案内で…-。

(いつの間に!?)

中にはすでに、手紙やプレゼントがたくさん入っている。

(ファンの中にルールがあって、それを皆、ちゃんと守ってるんだ)

統率の取れた行動に感心していると、泥達から一枚の紙を差し出された。

そこには、『理想郷の湯はここにはないようです。ユーリエンジェルスより』と泥で文字が記されている。

(調べてくれたなんて……)

(すごいな、ファンって)

〇〇「あなた達、ユーリエンジェルスっていうんだね」

頷く泥達は、きちんと座ったままでいる。

(隙をついて中に入ることだってできるのにしないってことは……)

(のんびりしているユリオ君の邪魔をしたくないんだろうな)

なんだか親近感が湧いて、私は彼女達に話しかけた。

〇〇「……ねえ、待ってる間に教えてくれないかな。ユーリ君の好きなところ」

大きく頷くユーリエンジェルスの前に腰を下ろすと、温泉の方からユリオ君の鼻歌が聞こえてきた…-。

ユーリはすっかり湯船に身を任せている。

ユーリ「あー、マジ極楽」

のんびりと寛ぐユーリの肌になめらかな湯が絡みつき、白く透き通った輝きを与える。

ユーリ「カツ丼とこの風呂もいいけど、この風呂も、まあ悪くねえ」

気持ちよさそうに吐く息が、白い湯けむりに溶けて消えた。

ユーリ「理想郷の湯も見つかってねえし、泥の奴らも消えそうにねえけど。 この風呂はサイコー。 じいちゃんにも教えてやりたいな」

うっとりとした表情を浮かべるその姿は、もはや温泉の虜になっていた。

脱衣所まで響くユリオ君の鼻歌に、私も泥ユーリエンジェルスも心が和む。

(もう少し聞いていたいな)

穏やかな気持ちに包まれながら、私は彼の歌声に耳を澄ませた…-。

おわり。

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