月SS 温泉で争奪戦!?

自然に囲まれた露天風呂から、柔らかな温泉の香りが漂っている…-。

私はユリオ君と岩場に腰を下ろし、疲労回復に効果があるという足湯に浸かっていた。

〇〇「ほどよい温かさで、体の芯まで温まりますね」

ユーリ「……」

〇〇「ユリオ君、カメラ回ってるよ?」

ユーリ「あ? んなこと知るかよ!」

〇〇「だ、駄目だよ。撮影中なんだから…-」

なぜ」、私達がここでこんなことをしているのか……

それは、ひょんなことから廻天の魅力を伝える旅番組のリポーターに選ばれてしまったからだった。

(廻天を初めて訪れた人に向けて、って言ってたけど……)

たまたま廻天に来ていた映画の国のプロデューサーの方が、ユリオ君に目をつけてしまって……

ユーリ「クソが……なんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだよ!!」

勝生勇利「ユリオ! ほら笑顔、笑顔!」

ユーリ「うるせー駄目れクソブタ。ベーコンにしてボルシチにぶっこむぞ」

勝生勇利「心配しただけなのに!」

ユーリ「てめーに心配される筋合いはねえ」

勇利さんとユリオ君のやり取りに、遠巻きに見物している湯治客達がざわめき出してしまう。

(何かフォローしなきゃ……!)

〇〇「あ、あのですね! この足湯には特別な薬草が…-」

ユーリ「だから! なんで俺が温泉巡りしなきゃなんねーんだよ!」

勝生勇利「しょうがないよ、スタッフさんがユリオじゃなきゃ駄目だって……。 でも、ユリオだけじゃ不安だって…-」

勇利さんの言葉を遮るように、見物客達から黄色い叫び声が上がった。

(え!?)

見ると、ヴィクトルさんがしなやかな身のこなしで服を脱ぎ始めている。

ユーリ「……は?」

勝生勇利「ちょっ! ヴィクトル! なんで脱ごうとしてるの!?」

ヴィクトル「だって飽きちゃった。温泉に浸かりたい」

あらわになる胸元がまぶしくて、思わず目を逸らしてしまう。

勝生勇利「駄目だよ! ヴィクトルが脱ぐとセクシーが過ぎるって……! 僕の心臓が持たない!」

ユーリ「ってことで、殺意画は終わりだ」

勝生勇利「ユリオ! どさくさにまぎれて勝手に番組終わらせないでよ」

ユーリ「うっせーなブタ。なら代わりにお前がやれ」

勝生勇利「だって、僕だと端的に言えば華が足りないとか言われたし」

ユーリ「大根とか人参とか持って入ればいいだろーが」

勝生勇利「え、それ鍋の材料じゃない?」

ユーリ「そうだよ。豚鍋の番組にチェンジだ」

勝生勇利「ええええ!?」

ヴィクトル「わぁお、それいいねえ! お鍋、最高じゃないか!」

喜ぶヴィクトルさんを傍目に、ユリオ君は気だるそうに湯から上がって…-。

ユーリ「帰る」

〇〇「待って! まだ撮影中です」

彼の細い手を慌てて掴むと、鋭い瞳が向けられた。

ユーリ「俺はロシアのアイスタイガー、ユーリ・プリセツキーだ。こんなクソダッセー番組やってられるか! つかそもそも、なんで他人と同じ風呂に入らねえといけねーんだよ!」

(どうしよう。撮影スタッフさん達、困った顔してる)

〇〇「そ……そう言えば、変わった個室温泉がりますよ」

勝生勇利「へえ、そんなのあるの?」

ヴィクトル「どんな温泉?」

勇利さんとヴィクトルさんは目を輝かせているけれど、ユリオ君はやっぱり我関せずといった様子で……

ユーリ「んなもん、興味ねーよ」

〇〇「せめて見るだけでも!」

勝生勇利「ユリオ、こんなにお願いされてるんだから大人になろうよ」

ユーリ「ブタが。てめーこそ早く人間になりやがれ」

ヴィクトル「変わった温泉って、こっちー?」

勝生勇利「勝手に行っちゃ駄目だってば! 待ってヴィクトル!」

〇〇「ユリオ君、私達も行こう!」

ユーリ「おい、引っ張んなてめー!!」

私は半ば無理やりに、ユリオ君を連れて別の温泉へと歩き出したのだった…-。

……

真新しい建物の奥へと足を進めると、ガラス張りの縦長の温泉が現れた。

温泉の中には……なんと、桃色の自転車が備えつけられている。

ユーリ「……なんだ、これ」

ヴィクトル「わお!!」

勝生勇利「嘘でしょ……自転車が入っちゃってるよ!? 錆びたりしないのこれ?」

〇〇「お風呂に入りながら体まで鍛えられちゃうらしいです」

サイクルマシンがぴったり入る透明な浴槽の中には、ジェットバスもついている。

(……どうかな?)

恐る恐る、ユリオ君の表情をうかがうと…-。

ユーリ「クソやべー……」

目を輝かせながら、自転車温泉を見つめていた。

勝生勇利「え!?」

ヴィクトル「う~ん。実に未来的なフォルムだね! 面白そうだ!」

(よかった……気に入ってくれて)

ほっと息を吐いていると、素早く上着を脱ぎ捨てたユリオ君が温泉へ入った。

ユーリ「すっげー、どうなってんだこれ……夢世界ナメてたぜ」

ヴィクトル「わーお、エキサイティング! 俺もやりたい!」

そう叫ぶなり、ヴィクトルさんは意気揚々と温泉へ入っていく。

ユーリ「おわっ!」

小さな一人用の浴槽に、ヴィクトルさんは無理矢理体を押し入れると、ユリオ君を押しのけるように自転車に跨った。

ヴィクトル「わあ、たっのしい~!」

ユーリ「おいこら! どきやがれジジイ!」

ヴィクトル「ほら、勇利もやってみなよ!」

ユーリ「てめーの入るスペースなんざねーよブタ! 痩せてから出直してこい!」

勝生勇利「えー、むしろ、それで痩せたいっていうか…-」

ユリオ君が軽快にペダルを漕ぐヴィクトルさんを引きずり下ろす。

勝生勇利「うわああ!」

その拍子に、ヴィクトルさんは傍で覗き込んでいた勇利さんの手を掴んで、温泉に引き入れた。

勝生勇利「何するのヴィクトル! 服がビチョビチョだよ」

ヴィクトル「あはは、ごめんごめん!」

勝生勇利「痛い、痛いよ! 狭い!」

ユーリ「クソブタ! 出ていきやがれ!!」

ユリオ君はなんとか二人から自転車を奪還すると、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

ユーリ「温泉浸かりながら体も鍛えられるってマジで……」

その表情がふっと真顔になった。

ユーリ「……別に、一緒にしなくてもよくねーか?」

賑やかな湯船から一気に言葉が消えて、辺りに静寂が漂う。

その後、この番組がどうなったのかは、誰も知らない…-。

おわり。

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