月最終話 蕩けるような夜

温泉から漂う芳醇な香りが、甘く鼻にまとわりつく。

アルタイルさんに強く抱き寄せられ、私はいつもと様子が違う彼に戸惑いを感じていた。

〇〇「あの……どうしたんですか?」

アルタイル「いや……。 少しだけ、嫉妬した」

〇〇「え……」

唐突な言葉に驚いて、彼をまじまじと見つめてしまう。

アルタイル「お前が他の男の話を楽しそうにしてるから……」

(もしかして、ヴィクトルさん達のこと……?)

―――――

〇〇『たまにすごく突拍子がないことを言いますけど、前向きで面白い人でしたね』

〇〇『今度会った時は、勇利さん達がスケートする姿を見てみたいです』

―――――

〇〇「ご……ごめんなさい! そんな気持ちにさせてたなんて…-」

慌てて言葉を紡ぐ私に、アルタイルさんは寂しさを湛えたままじっと見つめている。

その眼差しに、胸が切なく絞られた。

(私は……私が好きなのは…-)

私は大きく息を吸うと、まっすぐに彼の顔を見た。

〇〇「……私が好きなのは、アルタイルさんだけです」

アルタイル「……!」

〇〇「だから……アルタイルさんが一緒にいたいって言ってくれて、本当に嬉しかったんです」

アルタイル「〇〇……」

彼は落ち着きを取り戻したのか、力を込めた手を緩めると、私から体を離す。

アルタイル「すまなかった……なんだか、おかしい。俺が俺じゃないみたいだ」

(自分が自分じゃない?)

彼の言葉に首を傾げていると…-。

(あれ? 私もぼうっとしてきたような……)

急に顔が熱くなり、ふわふわとした妙な感覚に陥る。

アルタイル「〇〇……?」

彼に見つめられると、胸の鼓動がうるさいぐらい激しくなっていって…-。

(何……? 胸が苦しい……)

急激に体が火照り出して、どうしようもないくらい切ない気持ちになる。

(もっと、アルタイルさんの近くにいたい……)

〇〇「……せっかく来たんですから、ここの温泉に入りませんか……?」

普段なら言えないような言葉が、するりと口からこぼれ出た。

(あれ、私……今、何を…-)

どこか遠くでそう思うけれど、湧き上がる衝動に逆らえなくなる。

アルタイル「〇〇……大丈夫、か?」

心配げな彼の眼差しは、私の心になお熱を注いだ。

〇〇「すみません。この香りを嗅いでいると……なんだか心がふわふわして…-」

アルタイル「俺もだ……不思議だな。妙に落ち着くし、なんだか気が大きくなる」

アルタイルさんは照れたように目を細めた後、私を見つめて頷いた…-。

……
白い湯けむりの中、先に入ったアルタイルさんの元へと歩み寄る。

(……やっぱり、なんだかふわふわする)

温泉から漂う香りが、緊張や恥ずかしさを溶かしている。

(この温泉って、もしかして…-)

その時…-。

アルタイル「おいで」

温泉の中にある岩の向こうから、アルタイルさんの声が聞こえてきた。

(すごく恥ずかしいはずなのに……それよりも早く、アルタイルさんの傍に行きたい)

私は掛け湯をすると、温泉へと体を沈めた。

アルタイル「いい湯だな」

(……本当に、心地いい)

次の瞬間、隣で水音が響いたかと思うと…-。

武骨な指がすっと伸びて、私の手を取った。

〇〇「……!」

アルタイル「〇〇……」

切なげな声に誘われるように、私も火照った彼の頬に自分の手を重ねた。

アルタイル「……そのままでいてくれ」

色気を感じさせる眼差しに射抜かれ、私の体はいっそう火照っていく。

アルタイル「さっきは悪かった。小さなことで嫉妬して」

〇〇「いえ……嬉しかったです」

微笑みを浮かべると、アルタイルさんの瞳が戸惑うように揺れた。

アルタイル「……変わった奴だな、お前は」

〇〇「好きだから妬いてくれたんだって思ったら……嬉しかったです」

温泉の効能なのか……自分でも信じられないくらいに、素直な気持ちが次々と言葉になっていく。

〇〇「何度でも言います。私は……アルタイルさんが好きです。  これからも、ずっと一緒にいてもいいですか?」

尋ねると、彼はこの上なく幸せそうに笑って……

アルタイル「そんなの、当たり前だろう」

ぎゅっと、私の手を力強く握ってくれた。

アルタイル「俺も、お前と一緒にいたい。 したいことをするという話だが……お前と過ごせれば、俺はそれ以上の望みはないだ」

嬉しさが込み上げ、彼の思わず体を寄せてしまうと…-。

アルタイル「その……正直に気持ちを伝えてくれて、嬉しいんだが……。 あんまりかわいすぎることをするな」

ほんのりと色づく赤い頬に、額から汗が流れ落ちる。

アルタイル「どうなっても知らないぞ」

〇〇「でも……傍にいたいです」

心が、本当にそのまま口からこぼれていく。

アルタイル「……っ」

伸ばされた彼の反対の手が、私の体を抱き寄せた。

密着した体から熱が伝わって、甘い吐息がこぼれ落ちる。

〇〇「アルタイルさ…-」

私の言葉を奪うように、熱いキスが首筋へと降ってきて……思わず目をぎゅっと閉じた。

アルタイル「俺はお前よりずっと、お前が好きだよ」

頭の中に、彼の甘やかな声が反響する。

温泉の中に溶けてしまいそうなくらい熱くて幸せな時に、私は身を委ねた…-。

おわり。

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