月SS ずっと一緒に

白い湯気の向こうから、恥ずかしそうにうつむきながら近づいてくる〇〇の姿が見えた。

(……綺麗だ)

温泉の熱に浮かされているのか、花のような香りに惑わされているのか……

どうしようもない衝動が湧き上がってくる。

(どうして、こんな気持ちになるんだ……)

自分が自分でなくなりそうな感覚が、どんどん強まっていく。

(今すぐ〇〇を……)

その時、ゆらりと湯船に波紋が生まれた。

波紋の中心に目を向けると、〇〇が静かに湯船へと身を沈めるのが見える。

(……これは現実、だよな)

目の前にいる彼女の火照った顔を見れば、衝動を抑えることなどもうできはしない。

(もっと近くで見つめたい。触れて感じたい……)

高まる思いに突き動かされ、俺は彼女へと手を伸ばした…-。

……
畳の上に敷かれた布団では、頬を赤く染めた〇〇が横たわっている…-。

(どうして俺は、彼女がのぼせるまで気づいてやれなかったんだ)

自分の想いに夢中になって、彼女の変化に気づいてやれなかったことを悔やんでいると……

〇〇「ん……」

〇〇が、ゆっくりと瞳を開けた。

アルタイル「〇〇! 大丈夫か?」

〇〇「……ここは……?」

彼女はまだぼんやりした眼差しで、辺りを見回す。

アルタイル「温泉から上がった後、脱衣所で倒れたんだ」

〇〇「え……」

アルタイル「長いこと温泉に浸かっていたから、のぼせたんだろう」

〇〇「……ごめんなさい。アルタイルさんがここまで……?」

(どうして、お前が謝るんだ)

(気づいてやれなかったのは、俺の方なのに…-)

〇〇は申し訳なさそうに俺を見つめると、起き上がろうと肩を浮かせる。

アルタイル「気にするな。まだ、横になっていた方がいい」

彼女の肩に手を添え、その体を布団にそっと押し戻す。

アルタイル「温泉の妙な香りに当てられて、お前が倒れるまで不調に気づいてやれなかった。 俺の方こそ、すまない……」

〇〇「そんな……謝らないでください」

まだ体の熱が完全に引いていないのか、彼女の頬は赤らんでいる。

俺は彼女の頭を一撫でし、用意しておいた水を手に取った。

アルタイル「飲めるか?」

〇〇「えっと……はい」

少し無理をしているような返事を聞いて、俺は再び起き上がろうとした彼女の腕を布団に縫いつける。

〇〇「アルタイルさん……?」

起き上がれずに困惑している彼女の前で、俺は水を口に含む。

(これなら……彼女の体に無理はないだろうか)

そんなことを考えながら、彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。

〇〇「……っ」

熱を帯びた唇がためらいがちに、俺を受け入れる。

(……柔らかな唇だ)

含んだ水を彼女の中へと流し込んだ後、急に恥ずかしさが込み上げた。

唇を離すと、頬を染めた〇〇と視線がぶつかる。

〇〇「あ、ありがとうございます……」

恥じらうように微笑むその表情が、俺の心を一層掴んで離さない。

(……まいったな。どうしたらいいのかわからなくなる)

(俺が傍にいたらゆっくり休めないかもしれない。それに……)

これ以上一緒にいたら、彼女にもっと触れたくなってしまうだろうという気持ちが生まれていた。

〇〇「あの……もう少し、休んでもいいですか?」

アルタイル「それなら。俺は席を外そう。ゆっくりと眠った方が…-」

言いかけた言葉を遮るように、白い指先が俺の服の裾を掴んだ。

アルタイル「……〇〇?」

〇〇「……隣にいてほしいです」

寂しそうに揺れる瞳が、じっと俺を見つめる。

〇〇「それが一番、安心できるから……。 もう少しだけ、傍にいてもらえませんか?」

遠慮がちに瞳を伏せる姿を前にして、部屋を出ることなんてできなかった。

(本当に……かわいいな。お前は)

アルタイル「ああ、わかった。お前の隣にいる。 〇〇が眠っても、ずっと隣にいる。だから、安心して休むといい」

裾を掴んでいる手を包み込むように握り直し、彼女の横へと座り直す。

〇〇「ありがとうございます」

ふわりと微笑んだ彼女は、目を閉じるかと思ったらじっと布団の横を見つめていた。

アルタイル「どうした?」

〇〇「あの……一つわがままを言ってもいいですか?」

(……珍しいな、そんなことを言い出すなんて)

アルタイル「ああ」

〇〇「ここに……いてくれませんか?」

彼女は横になっていた体をもぞもぞと動かし、敷布団の右半分を開けた。

〇〇「駄目、ですか……?」

熱に浮かされた後、心細くなっているのか……

それは、いつもの彼女からは想像できないわがままだった。

(駄目なわけがないだろう……)

俺は布団に体を寝かせ、隣にいる彼女の方へと体を向ける。

〇〇「ありがとうございます……アルタイルさん」

今までで一番嬉しそうな、穏やかな笑みを俺に向けて、彼女はそっと目を閉じた。

(お前に近づけば近づくほど、もっと触れたくなるというのに……)

こんなに酷なことはないと思いつつも、隣にいる彼女が愛おしくて自然と笑みが漏れる。

(お前が望むなら、ずっと傍にいる。ずっと、お前の隣に……)

本当に、自分が〇〇から離れたくないと思っている気持ちを自覚しながら……

やがて訪れたまどろみに従って、俺もそっとまぶたを閉じたのだった…-。

おわり。

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