月最終話 吐息の距離

ピエロに誘われ、ホラーサーカスの壇上へ上がった私達は…―。

ウィル「なんだかワクワクするじゃないか」

ピエロにステージの中央へ案内され、今や会場中の注目を集めていた。

ウィル「おや……あの大きな箱はなんだい?」

ウィルさんが、興味津々といったように、ピエロに向かって問いかける。

すると、ピエロが箱の扉を開けて、中へどうぞと言うように、恭しく頭を下げた。

ウィル「この箱に入れと……? 僕はどうなっちゃうのかな?」

ウィルさんは、楽しそうにピエロに向かって問いかける。

ピエロは、ゆっくりと首をかしげた。

(怖い……)

不吉な見た目の箱と、物言わぬピエロ達の様子に、私の不安はますます募っていく。

ウィル「おもしろい! 入ってみることにしよう」

〇〇「ウィルさん……」

ウィル「もし僕が消えてしまったら、〇〇のこともこれで見納めだね! ……なーんて、ははは!」

〇〇「そんな笑い事じゃ……」

ショーだとわかっているのに、心臓が早鐘を打った。

(ウィルさんを引き留めたい……だけど)

迷っている間に、彼はピエロに導かれ、大きな箱の中へ入っていってしまった。

ウィル「じゃあね!」

ピエロがゆっくりと箱の扉を閉めると、大きなドラムロールが鳴り響く。

〇〇「……」

私は固唾を呑んで、ウィルさんの入った箱を見守ることしかできなかった。

ひときわ大きな音を一つ打ち、ドラムロールが鳴り止んだ。

そして……

〇〇「ウィ……ウィルさん? ……っ!!」

再び開かれたボックスの扉からは、真っ黒なカラスが1羽飛び出していった。

(え……ウィルさんはどこに!?)

観客席からも、どよめきが起こる。

ピエロ「……さて」

それまで無言だったピエロが、突然言葉を発した。

ピエロ「邪魔者はいなくなりました。ここからが本番です」

〇〇「え…―」

ピエロは、黙ったまま私の腕を掴むと、壇上に用意された磔台のような板に無理矢理張りつける。

ピエロ「あなたにはこの舞台の上で死んでもらいます」

ピエロの発した言葉に、会場内が大きくどよめく。

そしてピエロは私の耳元に、そっと囁きかけた。

ピエロ「本物の殺人を見せるのが、一番盛り上がるのです」

泣き化粧の奥で、ピエロがニヤリと笑う。

〇〇「は、離して……!」

私が本気で怯える様子に、会場内のざわめきが大きくなる。

〇〇「だ、誰か! 助けて……っ!」

舞台の端から黒いマントを目深に被った男が現れる。

男は足早に私の元へと駆け寄りながら、懐から剣を取り出し振り上げ…―。

〇〇「……っ!?」

その時、足元の舞台がぱっくりと口を開けた。

私は、悲鳴を上げながら、奈落へと落ちていった…―。

(痛……くない……?)

??「……〇〇」

柔らかい地面の上に落下した私を、先ほどの黒マントの男が覗き込む。

〇〇「……!!」

恐怖で思わず男から離れようとすると、腕をぐっと掴まれ身動きが取れなくなった。

〇〇「離して……!」

男から逃れようと、無我夢中で身を捩ろうとすると……

??「……クッ……」

(え……)

ウィル「〇〇、大丈夫かい?」

払いのけられたフードの下の顔は……

〇〇「ウィルさん……!!」

箱から忽然と姿を消した、ウィルさんだった。

〇〇「ウィルさん、無事で……え、でも、どうして……?」

混乱する頭で、私はウィルさんに必死に問いかけた。

ウィル「手品ショーみたいなものなんだから、危険なことなんてないよ。 ちなみにここは、舞台下」

(だからこんなに暗いんだ……)

ウィル「怖かった?」

〇〇「これも、もしかしてウィルさんが……?」

ウィルさんが、こらえきれないといった様子で肩を揺らす。

ウィル「本気で怯えてたね」

〇〇「……当たり前です!」

体も声も震えていることが、自分でもわかる。

〇〇「また騙すなんて……ひどいです!」

耐え切れず、彼に背を向けると……

ウィル「……」

ウィルさんが、後ろから私を強く抱きしめた…―。

〇〇「……っ」

ウィル「ごめんね」

ウィルさんは私の髪を撫で、耳元で甘く囁いた。

(ウィルさん……?)

聞いたこともないウィルさんの低い声に、胸が音を立てる。

ウィル「君の怯えた顔が……たまらなく好きなんだ。だからつい、いろんなことをしてしまいたくなる。 けど…-」

〇〇「え……?」

つぶやくように発せられた言葉は、最後まで聞き取れなかった。

彼の腕の中にいる心地よさに、私は何も言うことができなくなってしまったのだった…―。

……

すっかり夜も更けた頃……

ウィル「まだ怒ってる?」

城への帰り道で、ウィルさんがそう言って微笑む。

〇〇「怒ってます……」

けれど、さきほどの彼の温もりを思い出すと、頬が熱くなってしまう。

ウィル「困ったなあ。これじゃ、君の怯えた顔を見られるのは当分お預けかな」

ウィルさんは甘えるように、私の顔を覗き込んでくる。

(もう騙されないんだから)

ウィル「だけど……」

〇〇「え…―」

次の瞬間、彼は頬が触れそうなほどに私に近寄り、そっと私の首筋を撫でた。

〇〇「ウィル、さん……?」

ウィル「たとえしばらく僕に見せてくれないとしても……。 あんな大勢の前で見せたらいけないな。 君の怯えた顔は、僕だけに向けて欲しい」

顎をとらえられ上向かされると、普段からは考えられないほど冷たいウィルさんの瞳を見つける。

(もしかして、機嫌が悪い……?)

コクリと喉を鳴らした私を見て、ウィルさんの顔が今度は凶悪な笑いで歪む。

ウィル「ああ、いいね。その顔。すっごくそそられる」

〇〇「ウィルさん……離して……」

身じろぎをするけれど、ウィルさんはいっそう力を込めて私の顎を捉える。

ウィル「僕の大好きな恐怖に飲み込まれた顔だ……ゾクゾクする。 怯える姿は僕だけのものだ。もう誰にも見せちゃだめだよ……」

舌なめずりをしたウィルさんが、甘くため息をつきながら身を屈めた。

ウィル「ね……〇〇?」

ゆっくりと、彼の唇が私の唇を塞ぐ。

〇〇「ん……」

有無を言わせぬような強引なキスに、なぜだか体が震え出す。

ウィル「僕のことが、怖いんだね……嬉しいよ」

私の顎を掴んだまま、ウィルさんがにやりと微笑む。

(怖い……? ウィルさんのことが?)

(私……私は……)

妖しく輝く満月の下……私は胸に生まれる自分の感情に、名前をつけられないでいた…―。

おわり。

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