月SS 君という音楽

夕暮れ時になると、鳥達が集まってくる。

陽が傾きかけた静かな庭で鳥達を相手にヴァイオリンを弾くのは、俺の小さい頃からの日課。

そして…-。

執事「レイス様―!」

それをこうして執事やメイド達に邪魔されるのも、よくあることだけれど…-。

〇〇「あ、執事さんが……」

父が体調を崩してからというもの、城内は王位継承争いで雰囲気が悪い。

(もう、何もかもうんざりだ)

〇〇が傍らで困ったように首を傾げている。

彼女の美しい瞳を見つめていると、なおさら薄汚れた争いが煩わしくなった。

(王位について話す兄さんたちの顔は、どろどろと醜い)

瞳を閉じると、小さい頃に兄達と一緒に弾いたヴァイオリンの明るい音色が蘇る。

(昔のように、穏やかに暮らしたい)

執事「レイス様―!」

(見つかったら、連れ戻される)

(もう、こんな世界はうんざりだ……!)

とっさに手を伸ばし、〇〇を抱き寄せて木陰に入る。

(どうして音楽や芸術が好きじゃいけないんだ?)

(放っておいてくれ。俺は、王位なんていらない……!)

震える手をぎゅっと握りしめた。

すると……

〇〇「……私、レイスさんの音楽が大好きです」

(〇〇? 何を突然……?)

〇〇「絵も……。 こんなに世界って綺麗だったんだって気づかせてくれるから」

レイス「……!」

〇〇「レイスさんの芸術は、人を幸せにすると思います」

(……)

それは、ずっと欲しくてたまらなかった言葉…-。

抑えきれず、彼女を強く抱きしめた。

(どうして、君がその言葉をくれるんだ?)

胸が微かに痛む…-。

レイス「じゃあ……一緒に来てくれる?」

〇〇「え!?」

レイス「二人で世界を回って、綺麗なものを見て、いろんな人を幸せにする綺麗なものを作って……」

(ああ、そうできたらどんなに幸せかな)

レイス「楽しそうだと思わない?」

〇〇「でも……」

彼女が長いまつ毛を伏せる。

次の言葉を彼女が紡ぐ前に、慌てて言葉を続けた。

レイス「大丈夫。〇〇は何も心配しないで。 俺が守るから。 ……いいよね?」

(君が応えられないのは知ってる)

(でも、いいんだ)

(攫っていくから)

鳥達が俺を呼ぶように歌う。

その歌声に彼女が気を取られた隙に、彼女をそっと抱き上げた。

〇〇「あ……っ!」

……

走って、走って、走って……

俺は城から充分に離れた場所にある花畑で、彼女を降ろした。

〇〇「これから……どうするんですか?」

木の幹にもたれ、彼女を見つめる。

レイス「どうしようか?」

彼女の細い指をそっと握ると、腹の底から温かな笑いが込み上げてきた。

手を伸ばし、触れた彼女の頬は柔らかくて……

(君が隣にいてくれれば)

(俺はそれ以外、何もいらない)

俺は心から、そんなことを思う。

彼女の腰元を抱き寄せて、自分の膝に座らせた。

〇〇「……っ!」

飛び出しそうに跳ねる彼女の鼓動が聞こえる…-。

(こんなに愛しい音楽が傍にあるんだから……)

愛しい頬にそっと唇を落とす。

鳥達の歌声が、茜色の空に響いていた…-。

おわり。

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