月SS 忠誠

夜風が舞い込み、カーテンがふわりと揺れた。

夜風は甘く肺に染みる・・・―。

〇〇「もう遅いですし、そろそろ戻りますね」

そう言うと、彼女は部屋から出で行ってしまった。

言祝「〇〇・・・!」

彼女を呼ぶ俺の声はドアにぶつかり、部屋の中で孤独に響く。

(・・・行ってしまった)

胸の奥底から、ため息が漏れた。

・・・

ーーーーー

〇〇「・・・言祝さんは、メイの国との争いを望んでいないように思えます」

言祝「・・・そうだとして、どうなる。 俺はこの国の王子だ」

ーーーーー

彼女の言葉を思い出し、俺は自分に言い聞かせる。

(忘れるな・・・)

ぎゅっと拳を握りしめる。

感情を抑えることにはもう慣れたけど、手のひらに爪が食い込み、鋭く痛んだ。

・・・

〇〇「辛そうな顔、しないでください・・・」

言祝「・・・辛くなんて、ない。 辛くなんて・・・」

〇〇の優しい言葉は、俺の心をひどく大きく揺さぶった。

手のひらを見つめると、血がにじんでいる。

(駄目だ・・・しっかりしなくては)

優しさに引きずられそうになり、強く頭を振った。

(〇〇に心配をかけてしまったな)

窓ガラスに映る自分を見つめ、俺は笑顔を浮かべてみる。

(笑顔を作るなんて、簡単だ)

(・・・だけど)

(何が自分の感情かわからなくなる)

言祝「気が狂いそうだ・・・」

漏れ出た言葉に愕然をした。

(見ないようにしてた・・・ずっと蓋をしていたのに)

言祝「〇〇・・・君は、なんてことをしてくれたんだ。 彼女に言わなくては。辛くなんてないと。父上の判断に不満などないと」

そうしないと、自分を保っていられなくなりそうだった。

固く拳を握りしめ、彼女の部屋へと向かった。

(彼女の部屋は・・・ここか)

言祝「〇〇?」

扉を叩いてみても、返事がない。

(・・・変だな)

言祝「開けるよ?」

扉を開けると、誰もいない部屋の窓は開け放たれ、冷たい夜風が吹き込んでいた。

(戻ると言っていたのに・・・)

言祝「どこへ行った?」

通りかかったメイドを呼び止める。

言祝「〇〇姫を見かけなかったか?:

メイド「先ほど、この部屋の前でお見かけいたしましたが」

言祝「・・・そうか」

メイド「あら、これは?さっき掃除したばかりなのに・・・申し訳ありません」

見ると、床に水滴が落ちている。

その水滴から微かに立ち上がる香りに、俺は眉をしかめた。

(これは・・・クロロフォルム!)

(何があった!)

言祝「どこに行ったんだ・・・!」

柄にもなく靴音を高らかに響かせて、城中を駆け回る。

(もしや父上が・・・いや、いくらなんでも)

(でも・・・)

頭に浮かんだ考えを必死に打ち消しながら駆けた。

言祝「そこのお前。トロイメアの姫を見なかったか」

通りかかった兵士を呼び止める。

兵士1「い、いえ、存じません」

兵士2「私達は何も・・・!」

一人の袖口から、微かにクロロフォルムの匂いが漂う。

無言で兵士の襟首を掴み、壁に押しつけた。

言祝「・・・言え」

兵士1「こ、国王のご命令なのです・・・」

言祝「父上が・・・!?」

(やはり・・・)

どこかで、わかっていた。

それでも、俺は父を信じていたかったのだと、今になって気づく。

(許せない・・・)

(いや。許さない)

胸の奥に冷たい怒りが広がっていた。

兵士2「あの・・・言祝様?」

言祝「・・・無事なんだろうな」

兵士1「え?」

言祝「〇〇は無事なのかと聞いている」

兵士2「は、はい・・・!それはもう」

言祝「案内しろ」

兵士の襟元を締め上げる。

兵士2「ひ・・・っ!」

込み上げる怒りを制御することができない。

男に前を歩かせ、俺は怒りに震える手を強く握りしめた。

言祝「〇〇!!」

案内された小屋の扉を開けると、彼女は手を後ろ手に縛られていて、その目はぼんやりと空を見つめていた。

言祝「お前達・・・今すぐここから立ち去れ!!」

頭に血がのぼり、目の前が真っ白になる。

城の兵士「しかし国王様が!」

言祝「俺の言うことが聞けないのか?」

一瞬の後に兵士達が出ていくと、俺は彼女に駆け寄った。

言祝「〇〇・・・」

なるべく痛みを与えないよう注意しながら、縄を解く。

痣になってしまった手首のあとを見て、胸がひどく痛んだ。

(ごめん・・・ごめん)

(俺が弱いから・・・)

(父上に逆らえない、情けない男だから)

彼女を強く抱きしめて、心の底から自分を嫌悪した。

(そうか・・・辛くなかったのは、目を背けていられたのは)

(大切なものがなかったからなんだ)

まっすぐに彼女の瞳を見つめる。

薬のせいで少し虚ろな彼女の瞳を見ると、胸が壊れそうに軋んだ。

(今、ここで君に誓う)

(二度と君を、誰にも傷つけさせない)

(俺、強くなるよ)

彼女の震える肩に、そっと口づけを落とす。

その小さな肩に、俺は忠誠を誓った・・・―。

おわり。

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