月SS 甘い香りとメッセージ

部屋の中には、僕が作ったチョコレートケーキの甘い匂いが漂っている。

笑顔で僕にお礼を言った後、彼女はずっとケーキを見つめるばっかりで……

(……気に入ってくれたんだよね?)

横顔だと、〇〇の表情がはっきりとわからない。

(大丈夫かな。もしかして、よく見たらまずそう……とか?)

不安になった僕は、彼女の横に腰かけ、その顔を覗き込んだ。

シュニ―「食べないの?」

〇〇「食べます! ちょっと待っててくださいね」

(あ……)

見れば、〇〇の口元に嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

(よかった)

ようやく僕はそこでひと息つけた。

彼女は崩さないようにしているのか、ケーキをゆっくり切り分ける。

(……おいしい、かな)

味見はちゃんとしたから、大丈夫だとは思っている。

けど……実際に〇〇が食べる時になって、ドキドキと胸が高鳴り始めた。

〇〇「いただきます」

息を呑んで、ケーキが彼女の口の中に入るのを見守っていると……

〇〇「! とってもおいしいです」

〇〇の頬が桃色に染まって、ほころんでいく。

胸いっぱいに嬉しさが広がって、今度こそ僕は本当に安心することができた。

(もう、こんなにドキドキさせられるなんて……)

そう思えば、目の前で幸せそうに微笑む〇〇に、少し意地悪をしてみたくなる。

シュニ―「……前から思ってたけど。 お前、食べてる時の顔すごく幸せそうだよね」

〇〇「そ、そうですか?」

シュニ―「うん」

恥じらう彼女に、追い打ちをかけるように…-。

シュニ―「……作った甲斐はあったかな」

僕はわざと、すぐ近くで〇〇を見つめた。

〇〇「!」

落ち着かないのか、〇〇の視線が泳ぐ。

(ふふっ……)

シュニ―「ケーキ、まだ残ってるよ」

〇〇「そ……そんなに見つめられると、食べにくいです」

彼女は口ごもって、困ったように僕を見る。

(これで、おあいこかな)

〇〇が僕にドキドキしてる……

そのことに僕はとても満足して、そしてもっと彼女を困らせてみたくなった。

シュニ―「それなら……僕が食べさせてあげようか?」

〇〇「そんな……」

予想通り、彼女の頬はあっという間に赤く染まっていく。

シュニ―「ふーん。僕の提案を断るんだ。それじゃあ、ケーキは没収だね」

〇〇「えっ!」

〇〇が焦って、僕の顔を見る。

(かわいい、な)

シュニ―「ふふっ……。 冗談に決まってるでしょ。 いいよ、ゆっくり食べたら?」

〇〇「あ、ありがとうございます……」

彼女の反応に、すっかり楽しい気分になっていると……

〇〇「このケーキも、スノウクリスタルと一緒ですね」

ふと、〇〇がケーキに目を落としながらつぶやいた。

シュニ―「なんで?」

〇〇「シュニ―君が作ってくれたこのケーキも、世界に一つしかありませんから」

彼女の言葉に、すぐに返事ができなかった。

シュニ―「世界で一つ……」

その言葉の響きが、妙に胸に厚く響く。

(……当たり前、でしょ)

どうして僕が、わざわざ手作りなんてしようと思ったのか……

(他のものと同じなんて嫌だったから)

(世界で一つ……そうだね。僕は、そういうものをお前に贈りたかったんだ)

(何よりも特別なものを)

自分がどれだけ〇〇のことばかり考えているのかを思い知って、恥ずかしくなる。

シュニ―「……今日は特別だからね」

視線を逸らしたままつぶやくと、しばらくして〇〇の明るい声が降ってきた。

〇〇「あ、シュニ―君……! 私もシュニ―君に渡したいものがありました」

(……えっ?)

彼女が取り出したのは、橋が少し折れ曲がっているカードだった。

(なんで……折れてるんだろう)

曲がってしまっているカードの端を丁寧に伸ばしながら、〇〇は僕にカードを手渡す。

〇〇「あの……部屋に戻ってから見てくださいね」

シュニ―「どうして?」

〇〇「それは……」

折れ曲がったカード、〇〇のこの恥ずかしそうな顔……

シュニ―「……」

(よくわかんない……)

(けど。開くなって言われたら、開けたくなっちゃうよね)

僕は素早く彼女に背を向けて、カードを取り出して開いた。

〇〇「あ!」

カードに書かれていた手書きの文字を見て、心臓が跳ねた。

シュニ―「……っ」

『大好きです』

それはどんな贈り物より、僕の心に響いて…-。

(ずるいよ……こんなの)

シュニ―「……ありがとう」

その言葉が素直に口からこぼれ、僕はカードを胸に抱きしめた。

(嬉しくて、仕方ないよ……)

背後で、〇〇が微笑んだ気配がした。

けれど僕は、振り返ることはできない。

きっと、これ以上ないくらい顔が赤くなっているだろうから…-。

おわり。

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