ホープが最後にやってきたのは、幼い頃の思い出が詰まったトロイメア城の中庭だった。
ホープ「〇〇……」
会いたい人の名前を、ホープは慈しむように口にする。
薄紫色の花が咲き乱れる中庭を進んでいくと、そこに…-。
ホープ「……!」
花を摘む幼い〇〇の姿を見つけ、ホープは息を呑んだ。
すると、〇〇が後ろを振り返り……
〇〇「……誰?」
澄んだ瞳を、数度瞬かせた。
ホープ「〇〇……。 俺は…-」
いざ〇〇を目の前にし、ホープは兄だと名乗ることを躊躇する。
〇〇「お兄さま?」
ホープ「……っ!」
小首を傾げ、〇〇がホープをまっすぐに見つめる。
〇〇「やっぱり、お兄さまだ」
ホープが何か言う前に、〇〇は彼の方へ駆け出す。
だが…-。
〇〇「あっ……」
足をもつれさせ、〇〇が体勢を崩し転びそうになる。
ホープ「〇〇……!」
ホープはとっさに腕を伸ばし、ふわりと〇〇の小さな体を受け止めた。
〇〇「ありがとう、お兄さま」
ホープ「……気をつけなさいと、いつも言っているだろう?」
一緒に遊んでいた思い出が鮮やかに胸に蘇り、そんな言葉がホープの口を突いて出る。
〇〇「うん、ごめんなさい」
〇〇は、ホープの顔をじっと見つめ……そして、心配そうに問いかけた。
〇〇「……お兄さま? どうしたの?」
ホープ「どうしたって、何がだい?」
〇〇「だって、悲しそうな顔してる」
(……悲しい、か)
(いいんだ)
ホープ「……いいんだ。俺は、お前が笑っていてくれれば、それで」
〇〇の頭を撫でながら、ホープは優しい声色でそう告げる。
だが…-。
〇〇「……っ」
〇〇の大きな瞳にみるみるうちに涙が溜まり、大きな雫となって頬を伝う。
ホープ「……っ。〇〇?」
ホープはひどく狼狽しながら、〇〇の顔を覗き込んだ。
ホープ「どうして泣いている? 何が悲しいんだい?」
〇〇「……お兄さまは、いつもそう。 悲しいことがあっても、私の前では笑うの。 だから……苦しいの」
ホープ「〇〇……」
ホープはぎゅっと……小さな〇〇の体を深く抱きしめた。
ホープ「ごめん。 ……ごめんね」
さまざまな思いが洪水のように胸に押し寄せ、ホープの目から涙が一筋こぼれ落ちる。
〇〇はそんなホープの顔に手を伸ばし、頬に伝う涙を指でぬぐった。
〇〇「大丈夫。大丈夫だよ、お兄さま」
泣き笑いしながら、〇〇がホープをあやすように言う。
ホープ「〇〇……やっと、笑ってくれたね」
〇〇「うん。ホープお兄さまが笑ってるから。 泣いてるけど、笑ってる。おかしいね」
ホープ「ああ……おかしいね」
微笑みながら、二人はしばらく互いの存在を確かめるように、身を寄せ合った。
だが、やがて周囲の景色が揺らめいて、ホープはもうここに長くは留まれないことを悟る。
ホープ「〇〇……お別れだ」
〇〇「え……?」
ホープ「俺はもう、ここにはいられないんだ。 さよならを言う前にどうしてもお前に伝えたいことがあって。それでここへ来た」
〇〇「お兄さま……」
ホープは、泣くことをこらえ顔を歪ませる〇〇の背を優しく撫でる。
ホープ「〇〇。 俺の……俺達の妹に生まれてきてくれて、ありがとう。 大好きだよ」
本当は、謝るつもりだった。
だが今、ホープの胸に溢れてくるのは〇〇への愛しさばかりで…-。
〇〇「私も。私もお兄さまが大好き。 大好きじゃ足りないよ。ありがとうも、ごめんなさいも、もっとたくさん伝えたいことがあって…-」
ホープ「いいんだ、〇〇。 幸せを……ありがとう」
辺りの景色を光が掻き消すと共に、ホープの意識もそれにまぎれるように朧げになっていく…-。
ホープ「〇〇。悪いが、ライトのことをよろしく頼む。 あいつはいつも無理をするから……そうしたら、叱ってやってくれ」
〇〇「ホープお兄ちゃん……」
最後に聞こえてきた〇〇の声は、どこか大人びていて…-。
〇〇「うん。わかった。わかったから…-」
ホープ「〇〇……。 大丈夫。俺はいつでも、お前の側に」
〇〇「ありがとう……ホープお兄ちゃん。 大好きだよ」
ホープ「俺も、お前のことが…-」
最期の言葉は、〇〇に届いていただろうか。
(今度こそ、大丈夫だ)
薄れゆく意識の中、愛する兄妹への想いを胸に……ホープは静かに瞳を閉じる。
薄紫色の花弁がひとひら、ホープと共にはらりと……光の中へ溶けていった…-。
おわり。