月SS アリスと恋

『アリス』って存在は、俺にとっての夢だった。

昼夜が逆さまになる森とか、終わらないお茶会とか、変テコな裁判も……

でもそれは全部、俺が生まれる前の話で、俺は手の届かない『不思議』にずっと憧れてて…―。

〇〇「ハーツ君……どうして私を助けてくれたの?」

ハーツ「どうしてって?」

追っ手から逃げる中で、〇〇……新しいアリスはそう俺に聞いた。

〇〇「だって、私はハーツ君の言う、アリスじゃないから。 たぶん、ちゃんと申し開きの場が設けられれば、ハーツ君に迷惑はかからな…―」

ハーツ「……」

(なんで、そんなこと言うんだよ)

(そりゃ確かに、軽率にアリスって呼んで、危ない目に遭わせちまったわけだけど……)

まるで大切な人に裏切られたかのような気持ちになる。

(嫌だ……)

〇〇「どうしたの?」

気遣わしげに、アリスが俺の顔を覗き込んでくる。

それだけで、俺の心臓はうるさいぐらいに音を立てた。

ハーツ「アリスがそんなこと言うから……」

〇〇「え……?」

(頼むよ……)

ハーツ「アリスじゃないなんて、寂しいこと言わないで」

〇〇「あっ……」

思いのままに、俺はアリスを抱き寄せる。

〇〇「ハーツ君」

ハーツ「……」

(お願いだ……アリスであることを、否定しないでくれ)

(アリスは俺にとってのすべてなんだ……)

必死の思いで、彼女を抱きしめ続けていると……

〇〇「ごめん……そうだね」

すべてを悟ったかのように、彼女はそう言ってくれた。

ハーツ「……」

胸がいっぱいで、何も言うことができなくて……俺は小さく頷いた。

すると…―。

〇〇「ねえ、ハーツ君にとってアリスってどんな存在なの?」

そう聞かれ、俺は一瞬固まってしまった。

(アリスの存在……)

ハーツ「それは……憧れてて、リスペクトの塊で、それで初恋の人で……」

さっき頭の中で思っていたことを、ゆっくりと言葉にしていく。

(初恋……)

その言葉に、違和感を覚えた。

(会ったこともないのに?)

ドクンドクンと、心臓がさっきよりも高鳴っている。

(確かに俺はずっとアリスに会いたくて、毎日顔を思い描いてて)

(でも、それって…―)

〇〇「そうなんだ……」

ぐるぐると思考を巡らせていると、寂しそうな声が耳に届いた。

(あ……)

(なんで、そんな悲しそうな声出すんだよ)

胸がズキリと、破れそうになるぐらいに痛む。

ハーツ「あと……」

ほとんど混乱している頭の中で、俺は必死に言葉を探した。

(……俺にとってのアリスは)

今、俺の腕の中にいる彼女と出会い、ここ数日……本当にドキドキして楽しかった。

彼女といると、世界が煌めいて見えて……

ハーツ「俺を変えてくれる人だって……。 世界を変えられるくらいだから、きっと俺にも新しい気づきや気持ちを教えてくれるって思ってた」

〇〇「そうだったんだ」

そっと、彼女は俺の胸に顔を預けてくる。

(あったかい)

神様みたいに思っていたアリスは、思ったよりもずっと華奢で、そして温かかった。

(俺……俺は……)

掴みかけている答えが、どうしても上手く言葉にならない。

すると…―。

〇〇「私……ハーツ君の傍にいたい」

ハーツ「……」

俺より少し背の低いアリスが、ゆっくりとその顔を上げる。

(俺の……傍に?)

月の光に照らされた彼女の顔は、息を呑むほど綺麗だった。

ハーツ「それ、マジに言ってる……?」

〇〇「うん」

その瞬間、俺の中で何かが弾けた。

(そうか……)

胸に溢れる気持ちは、憧れと似ているようで、それとは違うもの……

(俺はこいつのことが好きなんだ)

(それだけなんだ……)

ハーツ「俺のアリス。ううん、俺の……〇〇」

〇〇「え?」

何を思ったのか、〇〇は唇をきゅっと引き結ぶ。

その頬に、俺はそっと手を添えて……

(まだ、ちゃんとわかったわけじゃない。けど……)

あまりにもアリスに焦がれていたから……まだ、自分の中でも気持ちの整理がつかなかった。

(けど、これだけは約束させて)

ハーツ「俺、絶対お前のこと守るから……だからこれからもずっと俺のアリスでいて」

月明かりこぼれる森の中で、俺は〇〇にそう告げる。

すると彼女は切なげな顔をして頷いた。

(アリス……それは俺にとって大切な存在に違いなくて)

(だから、お前は俺にとってのアリス。そして俺だけのアリスなんだ)

(上手く伝えられなくてごめん……そんな顔させて、本当にごめん……)

もどかしい気持ちを抑え込むように、ただ強く彼女を抱きしめる。

(でも、俺は……お前が好きだから)

(それは絶対、本当のことだから)

ここから遠く、今夜もトランピアの街の灯が夜空に煌々と映し出されているだろう。

そのありふれた光を見ても、俺はもう決して寂しさを抱いたりはしないと、そう思えた…―。

おわり。

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