月最終話 大切なこと

雪がはらはらと舞う中、私達は昼間訪れた聖堂の前までやってきた。

神秘的な雰囲気をまとう夜の聖堂の門は、すでに固く閉ざされている。

アディエル「少し寄っていかねえか?」

〇〇「えっ? でも……」

アディエル「大丈夫。演奏会の関係者は、いつでも入っていいことになってるんだ」

アディエルくんは得意げに笑うと、服のポケットから繊細な造りの鍵を取り出す。

〇〇「じゃあ……入ってみたいです」

アディエル「おう、任せとけ」

アディエルくんは力強く頷いて、ゆっくりと、門に鍵を差し込んだ…-。

……

夜の聖堂内は前も見えないほどの暗闇が広がり、静寂に満ちていた。

思わず、繋いだ彼の手をぎゅっと強く握ってしまう。

アディエル「〇〇、ちょっと待ってて」

彼の手が離れ、ずっと感じていた温もりが失せていく。

(アディエルくん……?)

彼の気配が傍から消え、途端に不安が込み上げた。

その時…-。

〇〇「あ……」

一つ二つと、柔らかな光が暗闇に浮かび上がってくる。

優しく揺らめく光は次第に増え、辺りを少しずつ明るく照らし出していく…―。

アディエル「お待たせ」

声が聞こえ顔を上げた瞬間……私は思わず息を呑んだ。

聖堂の高い所にある燭台に火をつけたアディエルくんが、翼をはためかせ舞い降りてくる。

(綺麗……)

羽根を雪のように散らし、優しい光の中を舞うその姿は……まるで本物の天使のようだった。

アディエル「〇〇? どうした?」

〇〇「いえ。すごく綺麗で、感動して……」

アディエルくんは私の元へふわりと降り立ち、満足そうに笑った。

アディエル「だろ? 本当は、演奏会当日まで秘密にしておく予定だったんだけどな。 お前、早く見たいって言ってたから……さ」

橙色の灯がアディエルくんの輪郭を柔らかに縁取っている。

照れくさそうにはにかむ彼の表情すら、とても綺麗だった。

〇〇「ありがとうございます……アディエルくんが言ってた通り、すごく綺麗ですね。 それに、アディエルくんも……」

アディエル「え? オレ……?」

意外だったのか、大きな深緑色の瞳が丸く見開かれる。

〇〇「はい。アディエルくんが聖堂を飛ぶ姿が、なんだかとても神秘的で……。 さっき降りてきた時なんて、まるで絵画みたいに綺麗で、見とれちゃって」

そう言って照れ隠しに笑って見せると、彼はなぜか切なそうに眉をひそめて…-。

アディエル「それはオレの台詞だって。 今夜のお前……いつも以上に綺麗だ」

アディエルくんはそっと私の髪に触れ……流れるようにその手を滑らせた。

〇〇「アディエルくん……?」

熱っぽい視線と、手から伝わる彼の温もりに、胸がトクトクと甘い鼓動を刻み始める。

やがて彼は私からゆっくりと手を離し、切なげに眉を下げた。

アディエル「……さっきオレさ。自分は幸せになっちゃ駄目だって思ってたって言っただろ? 少しずつ良くなってるとはいえ、まだまだ黒い羽の奴らは苦しんでる。 そんな中でオレだけが幸せになるわけにはいかないって思ってたから」

〇〇「そんなこと…-」

アディエル「何度ルシアンにそうじゃないって言われても、納得できなくて」

自嘲と悲しさとが織り交じる彼の声色に、切なさが込み上げてくる。

(私は……アディエルくんを救えないのかな…-)

どうしたら彼が笑っていられるだろうと、必死に思いを巡らせていると…-。

アディエル「けど、お前の笑顔を見てたらわかったんだ。それは違うって」

〇〇「え……?」

目を瞬かせる私に、彼は優しく微笑んだ。

アディエル「大事な奴が苦しんでる世界なんて、誰も望まない。 この幸せを皆が手に入れられるようにしなきゃ駄目なんだよな」

確かめるように……大事そうに紡がれる彼の言葉に、胸がいっぱいになる。

〇〇「はい……」

私は彼のすべてを肯定したくて、しっかりと頷いてみせた。

〇〇「……今日アディエルくんと過ごして、わかったことがあるんです。 私、アディエルくんと笑い合えることを……すごく幸せに感じるって」

すると…-。

アディエルくんは愛おしそうに目を細め、私を優しく抱きしめてくれた。

アディエル「オレ、〇〇のことが好きだ。 大切なことに気づかせてくれて、ありがとうな」

背中に生える真っ白な翼も、私を守るようにそっと包み込んでくれて…―。

〇〇「私も……アディエルくんのことが好きです」

はっきりと形づくられた想いを言葉に乗せ、大切な人へ伝える。

たくさんの灯が私達を祝福するように揺らめく中……

聖なる夜、誰よりも優しい天使の温もりに触れていた…-。

おわり。

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