しばらく歩くと、二人が十分に雨を凌げそうな岩場に到着した。
アピス「よかった。やっぱり、車に戻るより近かったね」
アピスさんが傘を畳む。
見ると、私がいたのとは反対側だけ、アピスさんはびしょ濡れだった。
〇〇「……! すみません、アピスさん」
アピス「僕のことはいい。それより、君は濡れなかった?」
〇〇「はい。アピスさんが濡れないようにしてくれましたから」
アピス「別に、そういう訳じゃない」
〇〇「これ、使ってください」
カバンからハンカチを取り出し、彼に渡す。
アピス「大丈夫だから」
〇〇「でも、風邪でもひいたら……」
アピス「……じゃあ、拭いて」
〇〇「え?」
アピスさんは、そう言って腰を屈める。
アピス「早く。疲れる」
恥ずかしかったけれど、言われた通りに彼の髪を拭き、頬へと降りた。
(え……?)
触れてみて、驚いた。
彼の頬はとても熱く、覗き込むと、顔もひどく火照っている。
〇〇「アピスさん、熱が……!」
アピス「え? ないよ」
〇〇「でも」
アピス「大丈夫だから」
〇〇「私のせいで濡れたから……! ほら、こんなに熱い」
額に手を当てると、彼が私の手を掴んだ。
アピス「……じゃあ、ちょっとこうしてて」
〇〇「……っ」
アピス「朝からちょっと風邪気味だっただけ。君のせいじゃないよ」
〇〇「え? じゃあ、どうして…-」
アピス「楽しみだったから」
彼が、つぶやくようにそう口にする。
〇〇「え……」
彼は私の手にそっと口付けを落とす。
唇が、手の甲、手首とたどっていき……
ふと顔を上げ、目が合った瞬間、彼は私の首を引き寄せた。
〇〇「アピスさ…―」
キスに塞がれた唇が、震えてしまう…-。
彼の唇は驚くほど熱くて、胸がぎゅっと締め付けられた。
アピス「……風邪、うつしたらごめん」
ふっと微笑んで、彼が私を抱きしめる。
アピス「でも、もうきっと手遅れだから。 雨が止むまで、こうしていよう」
しとしとと雨が降り続いている。
それは、雨が止まなければいいと願う、甘やかな午後のひと時…-。